本研究は、伝統的仏教思想が環境思想ないし自然保護思想としてもつ意義を、民衆生活に即して明らかにしようとするものである。そのために、本年度は以下の研究・調査を行い、一定の結果を得た。 (1) 仏教思想が伝統化した中世社会において、民衆生活の中で果たした役割を、特に自然への関係に注目して明らかにする。 この点では検討対照を浄土教に絞り、頂点的思想の典型として親鸞の自然観を明らかにし(「親鸞の自然観」東京農工大学『人間と社会』第9号、1998年)、それと対比しながら民衆生活の中の浄土教・仏教思想を集約している説話集の分析を行った。その成果の一部は「『沙石集』における正統派仏教思想の民衆的受容の構造」として公表予定である(東京農工大学『人間と社会』第10号、1999年)。引き続き、『今昔物語』の分析を経て、室町時代説話の分析へ進む予定である。 (2) 民衆の山岳信仰と環境思想の関係、およびそこにおける仏教思想の関わりを、岩木山、立山・戸隠・石動山等で予備調査を行った。だが、一般的な山岳への憧憬の観念は別として、自然保護の具体的行動や思想との結び付き、仏教思想との関係については有意の結果を得ることはできなかった。山岳信仰・祭りの儀礼化、近代以後神仏分離の観念の常識化が基本的要因と見られる。次年度は調査対象の信仰現地がもつ前近代の資料等に焦点を当てて引き続き、調査検討を行う予定である。 (3) 東アジアの仏教思想と環境思想との関係については、中国社会科学院等の研究者と情報交換および予備的検討を行った。その成果の一部は、「東洋伝統思想はどんな点で、どんな意味で環境思想的意義をもつのか」および「仏教思想と環境思想」(『東洋伝統思想の環境思想的意義』農文協、1999年)で公表予定である。今後、中国や韓国での現地調査・直接的検討会を経て、深化する予定である。
|