本年度は、昨年度の1885年の再犯者に関する法律についての検討結果を踏まえ、まず、レイモン・サレイユの『処罰の個別化』などの著作を検討し、刑法学の立場から、世紀末の刑事システムの変容がそのように理論的に整理されているかを検討した。またこれと平行して、『犯罪人類学雑誌』『刑務所協会雑誌』に発表された医師、法律家、行政官などさまざまな立場からの諸論稿の検討を通じて、法学と法学以外のさまざまな知的潮流との関係についての考察を進め、とりあえず次の点が明らかにされた。 19世紀末の犯罪学に関しては、生物学的決定論を主張するイタリア学派と社会学的決定論を主張するフランス学派の対立という軸で整理されることが多い。しかしながら、いずれの立場をとっても、犯罪者は、生物学的あるいは社会学的要因によってノーマルな人間とは異なった特別な存在であるとされ、犯罪行為に対応した処罰よりもむしろ犯罪者の性質に応じた処遇が求められる。科学的に犯罪者の性質を検討し、それぞれの性質に応じて社会復帰のための手段を講じ、あるいは、社会から排除することも含めて対策が考えられるのである。ここでは、それぞれの犯罪者の性質に応じた対策を講じることで、犯罪者が持つ社会に対する危険性を最小限にし社会を犯罪者から防衛するというのが刑事システムの基本的な課題となる。19世紀末には、再犯者に関する法律など1880年代からの新たな刑事立法によって刑事システムの変容が押し進められると同時に、犯罪者の性質を把握するために医学的心理学的な分野の知が法律学に入り込んでゆき、犯罪行為を中心に解釈を展開してきた古典派刑法学から、犯罪者を考察の中心に置く新たな刑法学が生まれはじめている。 以上の研究結果の一部は、「近代フランス刑法学の流れ」(竹下賢他編『トピック法思想史』法律文化社、2000年発行予定)において論じられている。
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