北アイルランド紛争は、1998年4月に成立した「和平合意」に基づいて、和平実現への第1歩を歩み出した。しかし1969年以来、紛争による犠牲者は約3000人に達している。北アイルランドにおける紛争激化の背景を説明しようとする場合、プロテスタントとカトリックの宗派対立を軸に、アイルランド共和軍(IRA)のテロ活動に主要な要因を求める傾向がある。事実、これまで、かかる紛争がユニオニストとリパブリカンとの対立抗争がテロの応酬という形態を取っている点、またそれがカトリックとプロテスタントという宗派的対立として現象している点、テロ活動の70パーセントがIRAのメンバーによるものであるという点から上述したような説明がなされてきた。そのため、「和平合意」の内実化には、IRAの武装解除が前提条件であるという議論が中心を占めることになっている。しかし、これまでの和平プロセスの中で、1973年、1985年、1993年の和平提案に反対し、リパブリカンとの交渉を拒絶する姿勢を示してきたのはユニオニスト系の武装集団であったことも事実である。その意味で、これまでの北アイルランド研究に内在する問題として、リパブリカンおよびIRAのテロ活動に問題所在を求める傾向が強く、ユニオニスト系の政治結社および武装集団を含めた包括的な分析が欠落していた。また、今回の「和平合意」を紛争に終止符を打つものとして理解されていることも、そうした総合的な研究の弱さから生ずる問題である。本年度実施された北アイルランドでのフィールドワーク(8月3日〜12日、ベルファスト)では、統一アイルランドを希求するナショナリズムを政治的に体現しているリパブリカンのなかにある路線対立、また英国との連合を良しとするナショナリズムを政治的に体現しているユニオニスト内部にあるロイヤリストとの路線対立について、調査することができた。この北アイルランド紛争は、アイルランド政治に限定されるものではなく、英国政治の根幹部分を占める課題である。それゆえ、北アイルランド紛争の歴史、対立の構造、英国およびアイルランド両政府の対応、紛争解決の努力などに関する包括的な分析を積み重ねることが、宗派対立とIRAのテロというステレオタイプを克服するとともに、紛争の実態を明らかにし和平の行方を探り出す展望を見出すために不可欠である。次年度も引き続きベルファストでのフィールドワークを実施し、さらに政治的対立構造の中にある宗教的要素について調査する予定である。
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