これまでの北アイルランド紛争に関する調査で、紛争を激化させている主たる原因がアイルランド共和軍(IRA)のテロ活動にあるとする把握が、ユニオニズムを正当化するステレオタイプとして機能していたことを明らかにした。これまでの和平プロセスの中で、1973年、1985年、1993年の和平提案に反対し、リパブリカンとの交渉を拒絶する姿勢を示してきたのはプロテスタント系武装集団ロイヤリストであった。過去30年間に行われた政治的暴力の傾向を見てみると、犠牲者数ではリパブリカンの犯行によるものが圧倒的に多い。しかし犠牲者のカテゴリーを民間人に絞って見てみると、リパブリカンによるのものが35.6%であるのに対して、ロイヤリストの場合は88.5%にのぼっている。英国治安部隊に対するものは、リパブリカンが53.5%であるのに対して、ロイヤリストは1.1%であった。このように、リパブリカンの場合、政治的暴力の対象が英国治安部隊に向けられているが、ロイヤリストはカトリック系の一般市民をターゲットにした政治的暴力を展開してきたことが明らかになった。その意味で、これまでの北アイルランド研究に内在する問題として、リパブリカンおよびIRAのテロ活動に問題所在を求める傾向が強く、ユニオニスト系の政治結社および武装集団を含めた包括的な分析が欠落していたといえる。1999年度に実施された北アイルランドでのフィールドワーク(8月5日〜9日、ベルファスト)では、ロイヤリストによる反カトリック運動の実態について調査することができた。次年度も引き続きベルファストでのフィールドワークを実施し、さらに政治的対立構造の中にある政治的要素と宗教的要素が如何に絡み合い、北アイルランドのリパブリカンとユニオニストの2つのナショナリズムを形成しているのかについて調査する予定である。
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