半導体、特にシリコン結晶中でこれまでに見出されている水素分子H2は、1)四面体格子間Td位置のH2(II)、2)プレートレット中のH2(I)、および本研究で見出された3)多原子空孔に捕まったH2(III)である。本研究では、これらの水素分子を電子励起などにより、状態を準安定な水素分子に可逆に変換することを試みることが最終的な目標であった。しかし、その研究に進むまでに、初年度に見出したH2(III)の構造および電子励起した場合の熱効果を調べておくことが重要である。そのため、本年度はさらにH2(III)の熱的安定性を詳細に検討した。具体的には、イオン注入した結晶シリコンを水素原子処理を施し、H2(III)の形成を行う。その後、熱アニールを行って、H2(III)を消滅させる。このように、ラマンシフトが約3820cm-1に観測されるH2(III)の形成過程および温度上昇による消滅過程をラマン散乱測定法によって調べた。その結果、1)3820cm-1(H2(III))と4160cm-1(H2(I))の水素分子の形成には反相関関係があること、2)3820cm-1の水素分子は水素に終端された二つの空孔(V2H6)に束縛された水素分子であること、また3)消滅し始める温度は150℃以上であること、4)消滅の活性化エネルギーは0.77eVと求まり、そのエネルギー障壁を乗り越えて、V2H6からの束縛を逃れることが明らかになった。
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