本邦での中途失明の最大の原因である糖尿病網膜症は、網膜毛細血管の壁細胞の脱落が初期の病態であり、これに引き続いて種々の血管変化が起こる。これは、アルドース還元酵素を介した糖代謝経路で、細胞に糖アルコールが蓄積し細胞障害をきたすことが動物実験で証明されている。しかし、ヒト壁細胞のin vitroでの知見は極めて少ない。これは、ヒト網膜血管壁細胞が低増殖能のために培養が困難なために十分な実験ができないのが原因の一つである。本研究では、SV40ウイルスの不死化遺伝子を用いてヒト網膜血管壁細胞の株化細胞を樹立し、ヒト糖尿病網膜症の病態解明、治療薬開発の基礎を確立することを目的とした。 本年は、予備実験として、まず牛、犬の網膜血管壁細胞を用いて不死化遺伝子の導入を試みた。その結果、牛の網膜血管壁細胞では、分離培養し継代を繰り返す間に、不死化遺伝子の導入なしに株化細胞が得られた。本株細胞は30継代をこえても一定の増殖能を示し、染色体数もほぼ4倍体を示していた。犬の網膜血管壁細胞では、不死化遺伝子を電気穿孔法とリン酸カルシウム共沈法の2種類の方法で導入した。現在、遺伝子が導入された細胞をクローニング中であり、クローニング終了後、増殖能や染色体分析を行う予定である。 本実験で得られた牛、犬の網膜血管壁細胞の株化細胞は、ほぼ一定の増殖能を有し、細胞性質が一定であることから、これらの株化細胞を用いることにより、糖尿病網膜症の基礎研究を推進することができる。さらに、本年度の実験方法を基盤に、来年度は本来の目的であるヒト網膜血管壁細胞の株化に発展させる予定である。
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