研究概要 |
レストが提唱する道徳的行動のモデルによると,道徳的感受性に基づく問題の認知が道徳的行動の契機となる。本研究の目的は,老人看護の臨床における看護婦の道徳的感受性を測定する質問紙を作成することにある。 今年度は,赤林らが開発した「臨床上の問題点同定テストPIT」を使用して,臨床看護婦の道徳的問題同定能力の傾向性を探った。PITは,医学生・看護学生を対象にして開発され,妥当性・信頼性が検証されている。内容は,3つの事例を提示し,その事例に存在すると考えられる道徳的問題を可能な限り多く列挙することを求めている。 今回,このPITを用いて調査した対象は,A県看護協会のファーストレベル研修に参加した婦長・主任ら30名で,平均年齢43.6歳,全員が専門学校卒業で看護倫理に関する特別な教育・研修は受けていない。結果を赤林らの調査結果と比較すると,これらのエキスパート・ナースと生命倫理を学習する前の医学生・看護学生たちとは,道徳的問題の同定力に差がないことを示した。この結果は,真実を示しているのか。あるいは,PITの限界として赤林らが指摘している,実際の場面での道徳的問題は紙面上のものよりもはるかに少なく認識されるだろうということを実証しているのが、さらに検討する必要がある。実際の場面では,末梢的な事項を数多く指摘するよりは,問題の核心を把握できる能力の方が有用であると考える。したがって,PITは臨床経験がない学生たちの教育上は有効であっても,臨床経験が豊富な看護婦たちの感受性を測定する用具としては,適当ではないかも知れない。このPITのモデルとなったTronto大学の質問紙でも,医学生は学年が進むにつれて感受性が低く測定されており,その解釈としては医療的社会化の影響が指摘されている。
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