研究課題/領域番号 |
10F00007
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
岩本 通弥 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 教授
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研究分担者 |
KIM H.-J 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 外国人特別研究員
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キーワード | 秩父市 / 秩父夜祭 / フィールドワーク / 祭礼集団 / 社会関係資本 / 秩父歌舞伎 / ボランティア団体 |
研究概要 |
本研究「文化遺産ガバナンスと社会関係資本の構築と実践に関する民俗学的研究」の目的は、日本のローカル社会における綿密なフィールドワークに基づき、文化遺産に関連する政策の形成・実施・管理をめぐる多様な主体たちの実践を「文化遺産ガバナンス」というパースペクティブから分析するとともに、この社会的現象のダイナミズムが「社会関係資本」の構築にいかにつながっているのか、そのメカニズムのあり方を民俗学的に検討することである。具体的には、1)日本のローカル社会における「文化遺産ガバナンス」の実態の究明と、2)土着の文化遺産、地域固有の経験知と市民的公共性の構築の可能性の検討とに二分できる。以上の目的を達成するため、最初予定していたとおり、フィールドワーク地の埼玉県秩父市に居住地を移し(平成23年8月末)、以下に示す手順に従って現地調査を実施した。まず、平成23年度の4月から9月までのあいだ、第2次集中的現地調査(Second Intensive Fieldwork)を通して、秩父夜祭における中核的祭礼集団としての「中町」にフォーカスを合わせて主要なインフォーマントや、祭りの維持・管理におけるコアー・アクターたる人物を対象にインタビュー調査をした。ほかにも、地元の観光化を推進する行政主体として秩父市の産業観光部観光課や秩父観光協会や秩父商工会議所において聞き取り調査を行った。また、文化財行政のあり方を把握するために、秩父市の教育委員会文化財保護課についても同様に聞き取り調査を実施した。この一連の調査を通して、かなり規模の大きい秩父夜祭の伝承と維持・管理の体制がある程度明らかになったと考える。ほかにも、本研究における主要な方法論であり、かつ認識論的側面をなしている「社会関係資本」の構築の現状を考察するために、このような文化遺産ガバナンスに密接にかかわっている人々、とりわけ、中町などの地元住民たちが、土着の文化としての秩父夜祭の持続と管理以外にも別のネットワークを通して社会と関係を結んでいるのか、また、それが、当該地域社会における公共的生活をめぐる種々の情報の交換や共有、地域社会において生じるトラブルの解決のための協力・協調のネットワークを作り上げるのに、本研究において文化遺産ガバナンスと位置づけた秩父夜祭の伝承と維持・管理に関連する諸実践が役立っているのかを検討するため、地元の住人に焦点を当ててその人間関係や地域生活の実態を調べた。加えて、土着文化としての秩父夜祭とは直接的なかかわりを持たずとも、地域生活の質の向上や問題解決のためにアソシエーションを作って活動する人々のネットワークや実践のあり方をも調べるために秩父ボランティア交流会など、NPO団体についても調査を行った。次に、同年度の10月から翌年の2月まで第3次集中調査(Third Intensive Fieldwork)を実施し、以前の調査のフォローアップを図った。その結果、秩父夜祭の中核的祭礼集団ではなくても不可欠の参加集団であり、にも拘らず、常に周縁に位置づけられる秩父歌舞伎の伝承団体の正和会を新たに調査した。最後に、もともと平成24年度の3月にドイツ民俗学の現状を視察する調査を予定していたが、諸般の事情により中止した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
最初の計画どおりにフィールドワークは行われた。その後のフォローアップ調査によって、現代地方社会における民俗芸能の伝承集団の現状や問題も調べることが可能になり、思いがけない収穫といえる。ただ、秩父夜祭の祭礼集団間の関係、人的ネットワークにみられる内向きの傾向、あえてネガティブに言うならば排他性・閉鎖性をどのように理解すべきか、悩んでいる。秩父のローカル・アイデンティティを構成しているのには間違いない秩父夜祭は、地元内で完結するものなのか、外部社会への開かれた発展性を内包するものなのか、今後の課題としての地域社会における社会関係資本のあり方を考えるうえで重要な問題・課題であると考え、考察中である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、研究者の所属変更により平成23年度をもって終了した。そのため、平成24年度4月から始まるはずであった事例分析と現地における追跡・補足調査が行われていない。しかし、この問題についてはこれから訪問調査を続けながら解決できると考えている。秩父夜祭を中心的調査対象としての本研究は、日本の地方社会における土着文化の現在的あり方や、地域生活の現状、社会・人間関係の特質について、観光・文化財行政なども含めて多角的に調査でき、大変有意義であったと個人的には評価している。今後は、ローカル・アイデンティティを構成するものとして土着文化の伝承や活用にのみ注目するのではなく、さらに多様な考え方による種々の実践を調査し、比較検討したい。特に現在構想・進行中の韓国の事例研究を含めてアジア圏内での積極的な比較研究を、同じパースペクティブから行い、本研究の結果を活かしていきたい。
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