キク科ヨモギ属のsagebrushは食害を受けると被害部位から強い匂いを放出し、自らおよび近隣個体の防衛反応を誘導する(植物間コミュニケーション)。本研究では植物間コミュニケーションの生態学的役割を明らかにすることを目的とした。 1.個体間の遺伝的近縁度と匂い組成の類似性 Sagebrushでは、匂い成分の組成が個体によって大きく異なり、自分自身または人工的に株分けされたクローン個体の匂いに対して最も強く防衛反応を誘導することが知られている。本研究では、野外集団の遺伝的構造を調べ、地下茎の伸長によってクローン個体が隣接して生育することを確認した。さらに、クローン個体間では匂い組成がほぼ一致した。このことから、野外集団においてもクローン個体同士が近くに生育し、また、匂い組成が類似することで、植物間コミュニケーションが強く生じていることが示唆された。また、このことは、個体間の遺伝的近縁度が誘導される防衛反応の強さに影響することを示唆していた。 2.実生および幼個体の生存と防衛反応の誘導に及ぼす植物間コミュニケーションの影響 Sagebrushの成熟段階では若く個体サイズの小さい個体ほど匂いを受容すると防衛反応を強く誘導することが知られている。しかし、より初期の生育段階の実生や幼個体では防衛反応と植物間コミュニケーションの関係は明らかになっていない。そこで、当年に発芽した実生の生存率と、幼個体の防衛反応の強さについて、匂い暴露の有無で比較した。その結果、匂いを暴露させなかった無処理にくらべ匂いに暴露した場合では、実生の生存率が高く、幼個体が受けた食害も少なかった。従って、生活史段階初期の実生および幼個体においても、植物間コミュニケーションは生存率や防衛反応を高めることが示された。しかし、匂いを放出させた個体と幼個体の間の近縁度を調べたところ、幼個体が受けた食害との間に相関は認められなかった。
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