レーザー冷却された原子気体による量子多体系の研究は、高温超伝導などの固体物理の量子シミュレーションの観点から広い関心を集めている。我々は、イッテルビウム(Yb)のフェルミ同位体である171Ybと173Ybの混合系を世界に先駆けて量子縮退領域にまで冷却し、光格子に導入することに成功した。171Yb-173Yb混合系は、スピン自由度を持つクーパー対形成の可能性を持つなど、冷却原子の中でも特にユニークな系であると言える。我々は、いまだ実現されていない光格子中でのフェルミ超流動の実現を視野に入れ、この系を光格子に導入してその性質を調べた。光格子中の準運動量分布の測定から、この系が光格子ポテンシャルの深さに伴って金属から絶縁体的な振る舞いへのクロスオーバーを示すことを観測した。また、光を用いてこれらの同位体の核スピンを操作する光シュテルン・ゲルラッハ手法も開発した。この技術は、今後実現を目指している光格子中のスピン秩序の観測などに大いに役立つと考えられる。スピン6成分をもつ173Ybは、その内部自由度が核スピンのみであることに由来する高次のスピン対称性を持つ。このような系の基底状態は通常のSU(2)対称性を持つ系とは本質的に異なっていると考えられており、理論的に大きな関心を集めている。我々は、173Ybによる光格子中でのモット絶縁体実現を目指して研究を行った。モット絶縁体は、低温で多様な磁性を示すことや、高温超伝導体の多くがモット絶縁体を母体にしているなど、多くの興味深い多体現象と密接に関連している。衝突する2原子からレーザー光による励起によって分子を作り出す光会合の手法を用いて光格子のサイトの2重占有率を測定し、理論的予想と比較した結果、その著しい抑制がモット相の実現を示唆していることが確かめられた。また、光格子のポテンシャル深さの周期変調に対する応答を調べることで系の励起スペクトルに関する情報を得ることが出来るが、測定結果はオンサイト相互作用に近いエネルギーで明確なピークを示しており、モット絶縁体の実現をさらに裏付ける結果を得ることに成功した。
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