本研究の目的は、「演奏者」-「演奏音・身体の動き」-「聴衆」と辿る音楽演奏のコミュニケーション過程に関するモデルを構築することである。音楽の演奏者は、演奏音という聴覚情報だけではなく、身体の動きや顔の表情といった視覚情報を媒体として聴衆に音楽を伝達する。音楽におけるコミュニケーション過程を包括的に理解するためには、演奏者による音響的・視覚的表現の特徴を明らかにし、そのそれぞれが聴衆にいかなる影響を及ぼすのかを解明することが不可欠である。本年度は、本研究の基盤としてこれまで行ってきた研究を再分析し、その結果を2本の投稿論文(現在査読中)ならびに3度の学会発表において報告するとともに、次年度に実施予定の実験の準備を進めた。具体的には以下の通りである。1.演奏者が"芸術的"と表現する身体の動きには、演奏者の楽曲に対する感情的解釈ならびに構造的解釈が十分に反映されている。2.演奏者の感情的解釈は、演奏音を聴取することによって十分に伝わり、視覚情報はこの伝達には関与しない。3(1).ピアノ演奏専攻の学部生がロマン楽曲を演奏する場合、バロック楽曲を演奏する場合よりも身体動作のゆらぎおよび楽曲構造による身体表現のメリハリがより顕著である。3(2).ピアノ演奏の専門教育を受けていないアマチュアピアニストでは、楽曲の時代様式が異なっても楽曲構造による身体表現のメリハリは変わらない。これらの研究成果により、熟達ピアニストは楽曲構造や時代様式といった楽曲の特徴に基づいて音響表現や身体表現を構築していること、および聴衆が喚起する印象には音響情報と視覚情報のそれぞれが独自の役割を果たしていることが示された。これらの研究成果に基づき、次年度実施予定の「コンサート場面における演奏者と聴衆のコミュニケーション」に関する実験の準備を整えた。
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