2008年、小林・益川両氏が物質・反物質対称性(CP対称性)の破れの起源の発見によってノーベル物理学賞を受賞した。両氏が提唱したCP対称性の破れは、Belle等による精密測定の結果、もはや揺るぎない事実となった。しかし同時に、物質優勢宇宙の創造はこのCP対称性の破れだけでは説明できないことが分かっている。素粒子はクォークとレプトンから成り、小林・益川両氏が提唱したのはクォークでのCP対称性の破れである。レプトンは電子などの電荷を持つ仲間と、3種類のニュートリノに分類される。岐阜県飛騨市にあるスーパーカミオカンデによるニュートリノ振動の発見によって、レプトンセクターでもCP対称性が破れる可能性が示唆された。しかしそのためには、未発見である混合角θ13を見つける必要がある。本研究の目的は、T2K実験において未発見の混合角θ13を探索することである。T2K実験では、茨城県東海村J-PARCで大強度ニュートリノビームを生成し、295km離れた岐阜県飛騨市スーパーカミオカンデにおいて、ニュートリノ振動により別の種類に変化したニュートリノを検出する。遠く離れたスーパーカミオカンデにおいて正しくニュートリノを検出するためには、J-PARCにおいてニュートリノビームの方向を高精度で測定することが必要不可欠となる。そこで私は、ビーム方向を高精度で測定するために、J-PARCにニュートリノ検出器INGRIDを設置した。T2K実験は2010年1月から2010年7月、2010年11月から2011年3月11日にかけてT2K初のニュートリノビームデータを取得した。この間、私は、INGRIDの性能評価、安定運用、データ解析の全てを行った。その結果、99%以上のビームデータを安定に取得し、ビーム方向を要求精度よりも十分良い精度で測定することに成功した。現在、これらの結果を論文にまとめている最中である。さらに、得られたビームデータを用いてθ13の探索を行い、未発見だったθ13が有限の値を持つ兆候を捉えた(arXiv:1106.2822)。
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