前年度に引き続き、未知であったマウス内耳発生後期におけるWntシグナル活性の分布およびその役割について解析を進めた。まず胎生10日~12日胚を詳細に解析することによりWntシグナル活性が経時的に耳胞背側において内側へ限局していくことを見出し、その実体となるリガンドや分泌性抑制因子、転写因子などの発現パターンを明らかにした。その結果から、Wntシグナルの限局がリガンドと抑制因子のバランスによって成り立っていると推察した。 次いでWntシグナルの機能解析を、前年度に確立した全胚培養法と薬剤(Wntシグナル経路に特異的に働く阻害剤)を組み合わせた方法で行った。耳胞の形態について三次元再構築を用いて観察したところ、Wntシグナルを亢進させた胚では外側半規管低形成と前後半規管形成遅延という形態異常がみられた。一方Wntシグナルを抑制した胚では著明な形態変化はみられなかった。 形態変化のメカニズムを明らかにするため、内耳形成に必須の遺伝子のWntシグナルとの関連について調べた。外側半規管形成に必須な転写因子Otx1がWntシグナルの亢進によって抑制されており、外側半規管低形成はOtx1の発現抑制を介している可能性が考えられた。また、基底膜断片化によって耳胞上皮の癒合消失を担うNetrin1の発現は過剰なWntシグナルによって抑制され、Netrin1と拮抗するLrig3はWntシグナル亢進によって発現領域の拡大がみられたため、これらの相互作用によって担われる半規管形成が、Wntシグナルによって制御されている可能性が示唆された。実際に基底膜の断片化と脱上皮化が、耳胞外側の上皮で起こっており、これらがWntシグナルの亢進によって阻害されることを明らかにした。以上の実験結果から、Wntシグナルが耳胞背側において適切に抑制されることが正常な内耳形態形成に必要である可能性が示唆された。
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