界面活性剤が流体界面で自発的に形成する吸着膜は通常単層である。しかし、適切な分子間相互作用のコントロールにより、界面に対して垂直および水平に多重積層した吸着多重膜を形成する系があることが、申請者および所属研究室での並行した研究により明らかとなった。ただし、多重膜の構造、形成原理、および形成過程などの詳細についてはまだ明らかになっていない部分が多い。本研究では界面における垂直・水平配向多重膜の平衡構造およびミリ秒から時間にわたる広いスケールでの吸着ダイナミクスを研究し、その結果を総合的に検討することでそれらを明らかにする。本年度はメゾおよび分子レベルでの平衡構造の決定と秒~時間のスケールでの吸着ダイナミクスを明らかにすることを目的として、水溶液表面上に自発的に吸着多重膜を形成する塩化ヘキサデシルピリジニウム(HPC)-ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)混合系について動的および平衡表面張力から、形成ダイナミクスの追跡と膜中での分子の混和性に関する知見を得ることのできる吸着の相図の作成を行っている。そこから、多重膜を形成する領域と、凝縮膜までしか形成しない領域が存在することが示唆された。並行して、多重膜形成の駆動力に関する知見を得るために、HPCよりも疎水鎖長が短い塩化ドデシルピリジニウム(DPC)を用いたDPC-SDS混合系についても平衡表面張力から吸着の相図を作成しており、(1)鎖長の短いDPC-SDS混合系では凝縮膜および多重膜の形成はみられない(2)膜中ではほとんどの範囲で分子が1:1で混和するが、吸着量の小さな領域ではバルク中の活性剤組成に近いという、これまで報告されていた陽イオン-陰イオン界面活性剤混合系とは異なる挙動がみられた。これらは親水基が環状のピリジニウム系の界面活性剤と硫酸系の界面活性剤の混和によるシナジズムの発現だと考えられ、多重膜形成のメカニズムにも寄与すると思われる。
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