研究課題/領域番号 |
10J01592
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
稲垣 佑亮 筑波大学, 大学院・数理物質科学研究科, 特別研究員(DC1)
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キーワード | 有機化学 / 高歪み化合物 / ケイ素 / ベンゼン / シクロブタジエン / Diels-Alder反応 / 環化付加 / π^*-σ^*共役 |
研究概要 |
シクロブタジエンがDiels-Alder反応活性であるのに対し、ベンゼンはその共鳴安定化効果によりDiels-Alder反応への活性は極めて低く、その報告例は限られている。ベンゼンのDiels-Alder反応は、遷移金属錯体の配位又は置換基により歪みを導入して非芳香属化するか、強力なジエン又はジエノフィルを用い高温・高圧・長時間という極めて過酷な条件で可能となる。シクロブタジエンにシリル基を導入すると、シクロブタジエンのπ^*軌道と置換基のSi-Cσ^*軌道の相互作用であるπ^*-σ^*共役の寄与によりLUMO準位が低下する。今回合成したペンタフルオロフェニルシクロブタジエンはπ^*-σ^*共役の寄与に加え、電子吸引的なペンタフルオロフェニル基の電子的効果により極めて低いLUMOを有する。従って、ペンタフルオロフェニルシクロブタジエンは非常に強力なジエンと考えられ、ベンゼンとのDiels-Alder反応を検討した結果、120℃以上という比較的低い温度で収率良く反応が進行することが明らかとなった。また、反応性の比較としてベンゼンの部分構造と見なせるシンプルなジエノフィルであるアセチレンとエチレンの反応を行った結果、室温で即座に反応が進行しDiels-Alder付加体が得られた。ベンゼンとの反応生成物は、形式的にベンゼンがC_2H_2及びC_4H_4ユニットにフラグメンテーションし、ペンタフルオロフェニルシクロブタジエンに挿入、環拡大した化合物及びベンゼンとペンタフルオロフェニルシクロブタジエンが環化付加した後分子内で再び環化付加が進行した化合物である。つまり、ペンタフルオロフェニルシクロブタジエンは、通常は反応性の低いアセチレンやエチレンと容易に反応することに加え、共鳴安定化効果を有するベンゼンとさえ環化付加反応を起こした。本研究は、シクロブタジエンの反芳香属性を反応性という観点から評価したと同時に、有機分子の設計により通常は不可能と考えられる様な芳香族C-C結合の開裂反応も達成し得ることを示したという点で非常に示唆に富む重要な知見を与えたと言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では様々なπ共役系置換基をテトラヘドランに導入し、それらの化合物の光反応、熱反応、酸化還元反応を行い原子価異性化反応のメカニズムを解明することである。パーフルオロアリール置換テトラヘドランの異性化反応のメカニズムに関しては、光及び酸化反応が異性化に重要な外部刺激であることを明らかにしている。本年度は、光誘起原子価異性化反応により合成したシクロブタジエンの反応性について検討を行った結果、反芳香族分子シクロブタジエンについて新たな知見が得られた。この研究成果は、多くの学会において発表を行っており、国内外から非常に高い評価を受けている。したがって、研究の目的の達成度は期待通り進展したものと判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
硫黄置換テトラヘドランの光反応・熱反応については、硫黄元素上の孤立電子対の存在に由来して原子価異性化に至る中間体の安定性がパーフルオロアリールテトラヘドランとは異なることが示唆された。そこで、原子価異性化のメカニズムに関する更なる知見を得るため、空の軌道を有するホウ素置換テトラヘドランを合成し、その光及び熱反応による異性化反応について検討を行う。実験方策としては、低温下において光照射を行い、紫外可視吸収スペクトルによる反応追跡、捕捉反応、中間体のX線結晶構造解析によって、高歪み炭素-炭素結合の均等開裂により生成するビラジカル中間体に関する知見を得る。熱反応についても、捕捉反応・X線構造解析により異性化生成物に関する知見を得る。
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