研究課題/領域番号 |
10J01720
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
根本 裕史 筑波大学, 人文社会系, 特別研究員(PD)
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キーワード | チベット学 / 国際情報交換 / 仏教学 |
研究概要 |
本研究の目的はチベット仏教ゲルク派に伝わる論証学について考察し、その特色を明らかにすると共に、現在に至るまで実践されるゲルク派僧院の問答教育の理論的背景を探ることである。今年度は、昨年度に引き続いてケードゥプジェ(1385-1438)の『量七部荘厳』とジャムヤンシェーパ(1648-1721)の『証相の類型』といった文献に現れる推理論の研究を進めると共に、ツォンカパ(1357-1419)の『善説金蔓』、ギェルツァプジェ(1364-1432)の『釈論真髄荘厳』、ジャムヤンシェーパの『宝灯』などの般若思想文献を取り上げ、問答教育の題材となる論題の思想的背景を探るという研究も並行して行なった。 今年度の研究成果として第一のものは、ケードゥプジェの推理論における遍充の概念について検討し、その特質を解明したことである。彼は元々インド論理学に由来するrjes khyabという術語を独自の仕方で解釈する。通常「肯定的遍充」あるいはforward pervasionなどと理解されるこの語は、彼によると「同類にのみ随伴することが確定された所遍(証因)」を意味し、所立法が証因によって遍充されるという関係を指すものではない。代わりに彼は、所立法が証因によって遍充されるという関係のことをdngos khyabと命名する。dngos khyabは推論の結論を導くための必要条件であるが、不共不定因を適用した擬似的推論や帰謬法においても成立し得る。推理知の獲得に真に寄与するのはrjes khyabなのである。以上の事柄について詳細は『日本西蔵学会々報』に掲載された論文の中で論じている。 今年度の第二の研究成果は、ゲルク派の般若思想文献に現れる、弥勒とその成仏をめぐる問題について考察し、その思想的背景を明らかにしたことである。僧院の問答教育の題材として有名な「現観荘厳論を著した弥勒は仏陀であるか」という問題の起源は、ハリバドラ作『小註』の冒頭の記述にある。ゲルク派以前のインド、チベットの諸註釈を視野に入れながら、弥勒は仏陀であるというジャムヤンシェーパの見解が形成された背景や、その見解と大乗仏教の仏陀観との関わりについて明らかにし、その成果を『哲学・思想論集』に発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度と今年度はゲルク派の論証学において特に重要な「立論者」「対論者」「遍充」「確定知」などの概念について考察し、それぞれの持つ意義と思想的背景を解明することに成功したと思われる。既にその成果を国際会議や国内の学術会議で発表し、国内外の研究者とも積極的に情報交換を行なうことに努めている。
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今後の研究の推進方策 |
前年度の国際会議において、ゲルク派の論証学に登場する「すぐれた対論者」という重要概念を取り上げ、その意義と思想史的背景について考察した。この研究成果を今年度内に論文にまとめ、発表する予定である。今年度は、ツォンカバや彼の後継者達が考える「中観帰謬派の論証学」についても研究を進める予定である。さらに、今年度は、吉水千鶴子氏(筑波大学教授)との共同研究として掲げている、タンサクパ作『明句論註』の校訂テクスト(第一章前半)の出版も予定している。
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