研究概要 |
1.研究の背景と目的 分子凝縮系の基礎研究において,分子の対称性と物性の関りは大変興味深い.われわれは,メチル基の対称性と分子固体の熱力学的な性質との関りに注目してきた.メチル基(-CH_3)は3回の回転対称性を有するが,部分的に重水素化したメチル基は(-CH_2D,-CHD_2)対称性をもたない.したがって(十分高温では),後者は前者よりもR ln3だけ大きな回転エントロピーを有する.熱力学第3法則によれば,(平衡状態が捉えられている限り)このエントロピー差は絶対零度に至る過程で何らかの形で解放されなければならない.これまでの研究で4-メチルピリジン,2,6-ジクロロトルエン,2,6-ジブロモトルエン,トルエンのメチル基部分重水素化物が低温(40K以下)でこのエントロピー解放に伴う過剰熱容量を示すことを明らかにしてきた.本研究では,このような過剰熱容量がどのような温度域で,どのような形で現れるかをより詳細に調べた. 2.研究成果 ヨウ化メチルおよびメタノールについて,メチル基重水素化率の異なる4試料(-CH_3,-CH_2D,-CHD_2,-CD_3)の熱容量測定(0.35-300K)を行った,また,以前に測定した化合物を含めたすべての化合物(6種)の赤外吸収分光測定(温度域:6-100K,波数域:400-4000cm^<-1>)も行った.ヨウ化メチルでは,部分重水素化物の過剰熱容量を5K以下に見出した.この値は,他の化合物より著しく小さい.メタノールの過剰熱容量は20K以下に現れ,その形状は(片方の準位が2重縮重した)2準位系ショットキーモデルで説明された.得られたエネルギー準位は,異なる配向におけるメチル基の回転的振動の基底準位に対応すると解釈された.赤外吸収分光測定の結果は,この解釈を支持するものであった.これらの結果より,過剰熱容量の現れる温度域(すなわち各配向におけるエネルギー準位差)が,メチル基の結合している官能基の形状(とりわけその対称性)に大きく依存することが明らかになった.
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