脂質二分子膜は準安定状態にあり流動的な構造を持つことから特異的な分子操作の場として注目されている。こうした脂質膜の物理化学特性を理解し制御するためには、膜内分子のランダムな熱運動を微小時空間領域で検出・制御することが重要である。自身の研究では、ブラウニアン・ラチェット機構に注目し、非対称な微小構造の分子への作用により、一定方向の分子運動を抽出する分子操作を検討してきた。また不均一膜内の分子運動を単分子レベルで測定する手法を確立し、脂質膜本来の機能である膜導入分子との親和性に基づく局所的な分子分配能を積極的に用いた選択的分子操作を可能としてきた。従って、採用最終年度である本年度は分子拡散方向を微小空間にて制御可能なラチェット機構と、分子運動性を膜状態により制御可能な人工脂質二分子膜とを組み合わせることで、新規な構造体形状の創出を通し、広範な分子群に適応可能な新規膜内分子操作法を検討した。その結果流れの方向からの分子輸送方向の逸脱度合いを示す平均分別角度は通常構造を用いた場合に比べ狭小構造では二倍、流路構造では三倍程度の角度を伴って輸送方位に対して垂直方位へと偏在化した。この実験的な偏在度合いに対して、拡散シミュレーションを用いた計算結果との比較から考察を行った結果、実験と計算との違いは、構造体間隙部での拡散媒質である展開膜の不均一性に由来すると考えられた。これより、本結果はそれぞれ狭小構造間隙部での分子排斥および流路内における輸送速度減少により、ラチェット構造への衝突頻度増加に起因する付加的な偏在化発現に起因すると考えられる。本研究より既存の操作機構では拡散方向の制御が困難な蛍光脂質分子に対し、微小空間での展開膜構造変調とラチェット効果とを協奏的に発現させた結果、効果的な膜内分子操作が可能となった。
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