研究概要 |
磁気情報でデータを保存する磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)は,不揮発性,高速スイッチング等の特徴を有し,更には磁化の方向を膜面内でなく膜面垂直方向に向けることで高記録密度化,高い熱耐性の実現が可能であり,次世代の記録素子として期待されている.反強磁性(AF)/強磁性(FM)積層界面に生じる垂直交換磁気異方性(PEA)はMRAMの磁界雑音に対する耐性を高めるために用いられるが,MRAM素子の実用化にはPEAの大きさを表す一方向磁気異方性定数(J_k)の更なる増大が必要である.本研究では,J_kの誘導に磁場中熱処理が必要であることから磁化の熱擾乱がJ_kに影響を与えると考え,Mn-Ir/[Co/Pt]_n積層膜におけるCo/Pt多層膜の磁化の熱擾乱とみとの対応関係を詳細に調査した.また,面内磁化膜の交換磁気異方性(IEA)とPEAのFM層組成依存性を比較し,両者の誘導メカニズムの差異を調査し,以下の成果を得た.1.Co/Pt多層膜のCo,Pt膜厚を変化させ,飽和磁化M_sの温度特性を評価した.Co膜厚が厚く,Pt膜厚が薄いほどM_sの温度に対する減衰は小さくなり,熱擾乱が小さいことが明らかになった.2.Mn-Ir/[Co/Pt]積層膜におけるJ_kの界面Co膜厚および多層膜中のCo,Pt膜厚依存性を調査した。J_kは界面のCo層膜厚の増加に伴い大きく増大したが,多層膜内部のCo,Pt膜厚の変化には鈍感であった。多層膜における磁化の熱擾乱との比較から,Mn-Irと接するCo層の熱処理時における磁化の熱擾乱が交換磁気異方性を減少させることを示した.3.Mn-Ir/Co-Fe/Pt/[Co/Pt]積層膜におけるPEAおよびMn-Ir/Co-Fe積層膜のIEAのCo-Fe組成依存性を調査し,両者の傾向は一致することを示した.この結果はIEAとPEAの誘導メカニズムが似通っており,多くの研究例があるIEAの知見をPEAに応用できることを表している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の結果から,大きな交換磁気異方性を有する積層膜の実現に磁化の熱擾乱の小さな強磁性材料を用いる必要がある,面内磁化膜の交換磁気異方性の知見を垂直磁化膜に応用可能である,という高性能化のための指針が示され,本研究の目的である「強磁性材料の最適化による交換磁気異方性の高性能化」という目標が一部達成された.
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今後の研究の推進方策 |
面内磁化膜の交換結合に関する知見を垂直磁化膜に応用することで垂直交換磁気異方性の大きさ(J_k)の増大を目指す.面内磁化膜では反強磁性層の結晶配向並びにその規則度で面内の交換磁気異方性の大きさが顕著に変化することが知られている.そこで本研究では,Mn-Irの配向を変化させた試料を作製し,垂直磁化膜におけるJ_kの結晶配向依存性を調査する.また,Mn-Irを規則化し,Mn-Irのスピン構造とJ_kとの関係を調査する.更に,強磁性層の構造を大きく変え,Co/Pt単原子積層垂直異方性膜を用いた場合のJ_kの調査を行う.以上の実験から,大きな垂直交換磁気異方性を実現するための設計指針の検討を行う.
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