阿蘇山系に生育する絶滅危惧植物ハナシノブについてマイクロサテライト遺伝子座のデータと近似ベイズ法を用いて集団動態を推定した。2011年の成果によって、ハナシノブの埋土種子から再生した集団を含む残存集団は3つの遺伝子プールに分けられることがわかっていたが、近似ベイズ法によってこれら3つの遺伝子プールは過去十数世代というごく最近に分化したことが明らかになった。ハナシノブの個体の寿命を考慮すると、現在のハナシノブの遺伝構造は過去100年の草原の分断化と関連している可能性が高い。2011年までの成果によって、阿蘇山系に生育しているマツモトセンノウ、ヒゴタイ、オグラセンノウについて、最近の草原の分断化によって遺伝的分化が引き起こされている可能性が示唆されており、草原の分断・縮小は阿蘇山系の絶滅危惧植物の遺伝子流動を低下させている可能性がある。 2009年にハナシノブの生育地において樹林伐採による草原再生を行い、2012年までの4年間、植生とハナシノブの個体数のモニタリングを行った。樹林の伐採によって植生の種組成が大きく変化し、草原性の植物の定着が確認された。風散布植物の優占度が伐採後に急速に増加したが、重力散布植物の優占度は増加しなかった。これらのことから、重力散布の草原性植物も含む種多様性の高い草原植生の再生には時間がかかることが示唆された。一方、ハナシノブの個体数は樹林の伐採によってほとんど増加しなかった。伐採前に生育していた株は種子生産を行っていたが、遺伝子型の解析から、実生による個体の加入がほとんどないことが明らかになった。試験地に生育するサクラソウについては急速な株数の増加が確認されたが、これらの多くはクローン成長である可能性が高い。 これらの成果は保全生態学の基礎として重要なだけでなく、実際の保全の現場でも応用できるものであると考えている。
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