本年度は、非対称価格伝達の要因を産業組織論の枠組に基づき検討するという第一の目的に関し、不完全競争市場における市場支配力(マーケット・パワー)の存在との関連性を中心に研究を行った。特に、非対称価格伝達という均衡価格からの乖離に関する事象が蓄積されることで、相対する流通主体に対照的な収益効果が生じ、価格費用マージンとしての市場支配力という均衡状態の現象が生じることを数学的に指摘し、シミュレーション分析により例示した。こうした非対称価格伝達と市場支配力の関連性を背景とし、経済理論を背景に持つ市場支配力の推計や、非対称価格伝達の実証分析を行った。前者では、大豆、菜種、パーム油といった植物油脂原料の国際市場を対象に、残余需要モデルを用いて主要輸出国の市場支配力の程度とその経年変化を推計し、市場構造や市場成果としての市場支配力との関連性をも示した。後者については、上記植物油脂原料に加え、日本の水産物流通における非対称価格伝達やその変化について実証分析を行い、特に市場構造との関連性を指摘した。また、実証分析に先立ち、米国およびカナダの穀物流通企業の市場構造に関するデータ収集を行い、日本の植物油産業や水産物に関する市場構造および市場行動に関し、商社やスーパーに対して聞き取り調査を行った。本研究の成果により、対象財・産業の市場構造や価格伝達構造、主要輸出国の市場支配力の程度が明らかにされ、産業組織論によるアプローチにより、非対称価格伝達の経済理論との関連性が定性的、定量的に示された。また、国際植物油脂原料市場に関して産業組織論分析を行うことにより、食料価格や穀物相場の高騰とその価格変動の増大に関する議論で見過ごされている、市場構造や価格伝達、不完全競争に関する問題を提示し、現代の食料問題の議論に新たな視座を与えたことも、本研究の重要な意義のひとつである。
|