研究概要 |
本研究では,多様な環境を有するオーストラリアに分布するヒノキ科針葉樹(Callitris columellaris)を対象とし,その環境適応プロセスを遺伝解析,生態ニッチモデリング等の手法を用いて解明することを目的としている. 1)前年度までの研究成果により,Callitris columellarisはオーストラリア大陸に含まれる3つのバイオームに進出していることが示された.本年度はまず,本種の祖先集団がどのバイオームを占めていたのかを検証するため,allitris属全種をサンプリングして系統関係を構築した.化石記録で補正して得られた系統樹は,形態学から推定されていたCallitris属の分類体系と矛盾した.とくに本研究で対象としているC.columellaris種は単系統をなさず,大陸南部に分布するC.gracilis, C.verruosa, C.preisisiiなどの種群と大きな複合種を形成することが明らかになった。また,外群となった系統は硬葉樹林に分布する種であったことから,本複合種の祖先バイオームは硬葉樹林であり,そこからサバンナと乾燥地に生態ニッチがシフトしたことが示唆された. 2)オーストラリア南部に生育している12集団を追加でサンプリングした.これらのサンプルについて,複合種内の遺伝構造を推定した.その結果,複合種全体では大陸南部の集団グループから大陸東部や内陸の集団が派生し,さらに大陸東部の集団から北部の集団が派生していることが明らかになった.つまり,本複合種は大陸内部の砂漠地域を迂回するように分布を北部地域に拡大した結果,輪状種ともいえる遺伝構造を形成したと考えられる. 3)オーストラリア大陸での分布情報と生物気候要因の関係に基づいて,生態ニッチをモデル化した.その結果,C.columellarisの種内分類群間では明確な生態ニッチの分化が検出された.加えて,集団間の遺伝的距離に対して,集団間の生態ニッチ分化度は正の相関を示した.以上から,C.columellaris複合種では地理的に隔離されることで遺伝的分化が促進されたこと,そして異なる気候区に進出する際に大きな環境変化を経験したことが推察された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は本課題における系統解析において,研究対象種に関して既存の分類体系が系統を反映していないことが明らかになったため,追加で集団サンプルの採取と遺伝解析を実施した.その結果,C.columellaris複合種はオーストラリア大陸の中で輪状の遺伝構造を形成していることが明らかになった.また,地域集団の生態ニッチはそれぞれの集団間で有意に分化していたが,とりわけ大陸の南北間でのニッチ分化が非常に大きかった.こうした集団構造や生態ニッチの分化のパターンに関する新知見は,次年度に予定している適応遺伝子の探索において,解析対象の集団を選定するうえで有用であると考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
本年度は,多様な気候区に生育する集団から育成したサンプルから,RNAを抽出してESTライブラリを作成し,それを次世代シークエンサーで網羅的に配列決定を行う予定である.これにより,発現断片の中にある一塩基置換変異(SNP)を同定し,ゲノムスキャン法によって集団間で著しく遺伝的に分化している遺伝子座を特定する.このとき,擬陽性率を減少させるために,昨年度にEST-SSRマーカーによって推定した中立な遺伝構造のデータを共分散項として考慮して解析を行う.こうした一連の解析によって,研究対象複合種が生態ニッチを拡大する上で,どのような遺伝子が自然選択の影響を受けたのかを明らかにできると考えている.
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