研究概要 |
本研究では,多様な環境を有するオーストラリア大陸に分布するヒノキ科針葉樹(Callitris columellaris species complex)を対象とし,その環境適応プロセスを遺伝解析手法によって解明することを目的としている.平成24年度は,(1)これら複合種の適応進化に関連する遺伝子座の探索,(2)複合種の集団デモグラフィに影響を及ぼしたと考えられる最終氷期の環境変動の推定を行った.(1)では,C. columellaris複合種における適応の遺伝的基盤を探索するため,京都大学で種子から育成した実生サンプルからmRNAを抽出し,次世代シークエンサーを用いてそれらの塩基配列を網羅的に解読した.今回の解析で対象にしたmRNAは,本種の巨大なゲノム(約11Gbp)のうちの一部分を代表するものであるが,そこに蓄積される突然変異はタンパク質を構成するアミノ酸配列の変化を引き起こす可能性がある.今回は,自生地での年間降水量が330-1739mm,年平均気温が13-29度と多様な環境下に由来する7個体の実生からmRNAを抽出し,全体で2億2370万配列を取得することができた.その後,BlastXデータベースを参照することで,種子植物タンパク質と高い相同性が認められた2.9万本のcontig配列については単一のアミノ酸配列を予測することができ,さらにそれらcontigについて7サンプルに共通して配列がマップされた9500contig配列を対象として,現在,アミノ酸配列の特定とTajima's DやdN/dSなど統計量の算出を行っている.これらの計算が完了すれば,異なる環境下にある個体間で大きく遺伝的に分化を遂げた遺伝子座を特定することができると予想している.(2)オーストラリア大陸は最終氷期に複雑な環境変化を経験した.一つは全球規模での気温低下と乾燥化であり,もう一つは人類到来に伴う火災レジームの変化である.こうした環境変化は植生改変や大型哺乳類の絶滅をもたらしたと考えられているが,大陸スケールでどのような景観変化が起こったのかは十分に理解されていない.本複合種は大陸全域に分布する針葉樹であり,集団の維持に一定の降水量を必要とし,また野火に対して脆弱であることから,環境変化の指標種として利用されている.本研究では,大陸全域から収集した集団サンプルを遺伝解析することで,最終氷期における豪州ヒノキ複合種の集団デモグラフィを推定するとともに,生態ニッチモデリング(ENM)を用いて最終氷期における古分布を再現した.遺伝解析の結果,大陸の各山地域には遺伝的に分化した系統が多数分布しており,最終氷期を通じて地域集団がその場で分布を維持してきたことが明らかになった.しかしEMの予測から,大陸内陸部では最終氷期最盛期に分布域が大きく縮小したことが示され,実際にそうした地域集団の大半で著しい集団サイズの減少が推定された.一方,人類による土地利用の歴史が最も長く,高い火災頻度に特徴付けられる熱帯サバンナでは,集団サイズは安定していたことが示された.これらの結果から,豪州ヒノキの集団デモグラフィと分布パターンには人類による火災レジームの改変よりも,最終氷期における乾燥化がより強く影響したことが推察された.
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