修士課程までの研究では、2元電子系における半導体アンチドット構造を考え、その人工ポテンシャルによる散乱に起因した外因性スピンホール効果について研究した。特に、ポテンシャルが引力の場合に起こる共鳴散乱に着目し、共鳴散乱によってスピンホール効果が強められることを示した。本年度では、これまでの研究を継続して半導体ナノ構造、特に量子ドットにおけるスピン軌道相互作用を考え、「量子ドットによる散乱」に起因した「外因性スピンホール効果」について調べた。量子ドット中には離散的なエネルギー準位が形成される。量子ドットにリードを接合した系では、この離散準位を介した共鳴トンネルによってゲート電圧に対してピーク型の電流が得られる。私は3本以上のリードが接合された量子ドットを想定し、一つのリードにスピン偏極していない電流を注入したときの出力電流のスピン偏極について議論した。1つのリードの結合が弱く2端子系とみなせる場合、スピン偏極は得られない。一方3端子系では、量子ドット中のエネルギー準位の間隔がリードの結合による線幅より小さく二つの準位が同時に伝導に寄与する場合、そのピーク近傍でスピン偏極電流が著しく増大されることを示した。さらに、現実的な量子ドットのポテンシャルを考慮したシミュレーションによりスピン偏極生成を評価した。その結果、実験の状況でも十分大きなスピン偏極が得られることを示した。量子ドットでは一つずつ電子が伝導するので、以上の成果は単電子スピン偏極源やスピン量子ビットの初期化操作などへの応用が期待される。また、近藤効果によって形成される多体の共鳴準位によるスピン偏極電流の生成についても調べた。その結果、2つの軌道が近藤効果に寄与するSU(4)近藤領域においてスピン偏極が得られることを示した。これは多体効果によるスピンホール効果という基礎研究の進展に資するものである。
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