時間領域干渉計(TDI)は放射光を用いて原子核を共鳴励起し、再放射されるガンマ線をプローブ光として準弾性散乱法である。本研究の目的はTDIを開発し、ガラス形成物質やソフトマターのスローダイナミクス研究を行うことである。 本年はTDIの開発と、応用研究として液晶、両親媒性液晶に対するダイナミクスの研究を行った。装置開発に関しては、まず駆動吸収体を2つに増やしたTDIの結果をまとめて論文として投稿した。さらに測定効率を向上させる別のアプローチとして、マルチライン吸収体を用いたTDIを開発した。 ソフトマターに対するTDIの応用研究としては、典型的シアノビフェニル液晶4-cyano-4'-octylbiphenyl (8CB)と典型的シアノビフェニル液晶の炭化水素鎖の水素の一部をフッ素に置換した両親媒性液晶11-(4'-cyanobipheny1-4-yloxy)undecyl pentadecafluorooctanoate (BI)のスメクティック相状態の分子ダイナミクスを測定した。スメクティック相状態にあるBIにおいて、フッ素鎖とフッ素鎖、炭化水素鎖と炭化水素鎖同士が会合している構造をとる場合には、層間の分子の緩和時間は、8CBに比べて数倍程度遅いことが示唆されている。しかし測定の結果、層内、層間ともに分子間の緩和時間は8CBとBIでほとんど変わらなかった。したがってBIの場合はスメクティック相状態で分子の会合はあまり起きていないことが示唆された。これまで液晶などのソフトマターのダイナミクス研究は、誘電緩和分光法や動的光散乱法などの手法により研究されてきたが、これらの手法では測定された分子緩和の起きている空間スケールを同定することは難しかった。しかし本手法は核共鳴散乱をプローブ光として比較的早くそのような測定が可能であることを初めて実証した。また、この実験は、核共鳴散乱X線を用いて相関長6nm程度のメソスコピックな空間スケールの数100nsの緩和現象を研究した初めての実験であり、TDIの可能性をさらに広げたという意味でも価値があるといえる。 このように、本研究による装置開発と応用研究の結果、過冷却液体とソフトマターという比較的広い測定対象に対してTDIが用いられ、多くの新しい知見が得られた。これまでの研究により、TDIの広範な対象に対する応用の有用性が実証され、申請した研究計画を十分遂行することができたと考えている。さらに、マルチライン吸収体を用いることによりさらなる測定効率の向上が示唆されているため、このような新たな手法を応用のレベルまで完成させることで、今後さらに様々な凝縮系中のスローダイナミクスの理解が可能になると考えられる。
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