本研究の目的は、チンパンジーの個体差を客観的に評価する方法の検討である。まずは、体毛中コルチゾル濃度に影響を与える生理要因を検討し、チンパンジーの体毛中コルチゾル濃度の測定法の確立をおこなった。熊本サンクチュアリ(KS)・京都大学霊長類研究所(PRI)チンパンジーの、腕・脇腹・背中の毛を切った。昨年度までに立ち上げた系をもとに、コルチゾルを抽出・分析した。すると、体部位・毛色・施設の影響がみられた。体部位では、脇腹に高い値が検出された。また、白毛と黒毛を別々に分析したところ、白毛からは黒毛よりも高い値が検出された。3部位の中で、腕には白毛がもっともすくないことから、サンプリングは腕からのほうがより適しているのではないかと考えられた。さらに、施設はKSに高い結果が出た。そこで、次の実験では、環境の影響を詳細に調べるため、さらに多くのチンパンジーからサンプリングをおこない、施設による違いを検討した。KS・PRI・林原類人猿研究センター(GARI)の3施設のチンパンジー50個体から、毛を採取した。すると、施設と性別の間に交互作用がみられた。KSのオスに高いという結果がみられた。同じ環境でもオスとメスとではストレス対処が異なるのかもしれない。さらに、群移動などの場面における個体差などを検討する応用研究もおこなった。KSに新規にやってきた個体の毛のサンプリングをおこない、ストレスの評価をおこなった。ここでも性差・個体差がみられており、群れ移動に関するストレスにも個体差がみられるのかもしれない。野生下では、オスが出自群にとどまり、メスが移出する。上記の結果とも合わせて、もしかするとそうしたことが社会的な環境の変化に対するストレス対処に影響を与えているのかもしれない。今後は上記でみられた個体差がどのような遺伝的側面、行動傾向や生育暦に影響を受けているのかを検討していきたい。
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