フィロウイルス(Marburg virus(MARV)およびEbola virus(EBOV))はヒトを含む霊長類に致死的な出血熱を引き起こす。フィロウイルスはその粒子表面に一種類のみ糖蛋白質(GP)を有する。よって、GPはウイルスの粒子形成、感染性、増殖性、組織指向性および宿主特異性、さらには病原性に関与する重要な因子である。それと同時に、中和抗体の唯一の標的であると考えられる。これまでMARVの感染性を効果的に抑制する抗体の報告は無く、抗体によるMARVに対する感染防御メカニズムはほとんど不明であった。昨年度までの研究結果から、MARVのGP特異的モノクローナル抗体であるAGP127-8およびMGP72-17がMARVの感染性を抑制することが明らかとなっていた。そこで、今年度はこれら抗体によるMARVの感染抑制メカニズムの解明を目的として以下の実験を行った。 最初に、MARVのGPをまとったシュードタイプ豚水疱性口炎ウイルスを用いてAGPI27-8およびMGP72-17抗体の中和活性を評価した。これら抗体と反応させたウイルスを細胞に接種したところ、感染価の減少は確認されなかったことから、AGP127-8およびMGP72-17抗体は従来の中和活性、すなわちウイルスの細胞侵入を阻害しないことがわかった。一方で、これら抗体のウイルス様粒子(VLP)形成への影響を評価したところ、抗体存在下においてVLPの放出が顕著に抑制されることがわかった。さらに、本物のMARVを用いて同様に試験したところ、AGP127-8およびMGP72-17抗体はMARVの細胞への感染を抑制しないものの、MARVの細胞からの出芽を阻害することがわかった。電子顕微鏡を用いて、出芽阻害抗体存在下におけるVLPおよびVLP産生細胞を形態学的に解析したところ、抗体非存在下ではVLPが細胞から効率よく出芽する一方で、抗体存在下では重度に絡まったVLPが細胞表面に堆積する様子が観察された。また、AGP127-8抗体の抗原結合部位(Fab)のみでVLPの形成は阻害されなかったため、AGPl27-8およびMGP72-17抗体はその分子中に複数の抗原結合部位を有することにより、GP分子間に複雑な架橋を形成し、VLPの凝集を引き起こしたと考えられる。これら抗体はGP1のfurin開裂部位近傍にエピトープを有することから、furin開裂により露出するエピトープを含む領域がMARVの出芽に対して補助的な働きを有する可能性が示唆された。 本研究は、従来の中和試験では評価されない抗体もMARV感染における防御免疫に寄与する可能性を示すものである。また、AGPI27-8およびMGP72-17抗体はマールブルグ出血熱に対する抗体治療に応用できる可能性が考えられる。本研究の成績は抗体を用いたフィロウイルスの予防・治療法の開発に対して新たな知見を与えるものである。
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