研究概要 |
申請書で設定した研究テーマのうち,引き続きテーマ1【修道院とロタリンギア社会の相互関係】により重点を置いた。これはロタリンギアのシトー会修道院の社会への経済的・社会的・宗教的貢献を理解することを通して,ロタリンギア社会そのものを総合的に把握する試みである。幅広い視野を有するテーマだが、今年度は特に(1)シトー会修道院の保護がいかなる形態で成立していたのか,そして(2)シトー会修道院は各地に獲得した小教区教会を介して社会にいかなる貢献を果たしていたのか,の2点に着目した。 (1)に関連して,修道院の庇護者の果たした役割を複数の修道院について検討した結果、(1)12世紀半ばまで,庇護者は自有地を積極的に寄進,(2)13世紀初頭まで,自身の封建家臣やミニステリアーレンに対し自有地やレーンの寄進を促す,(3)寄進した所領から十分の一税,フォークタイ等の諸権利を放棄(放棄させる),(4)庇護者と修道院は霊的関係を常時構築・更新,(5)13世紀後半以降は大規模な寄進はなくなり修道院経済は縮小、債務体質へ,の5つの共通点が判明した。本研究により,これまで正面から論じられてこなかったシトー会修道院の庇護者の役割が明らかになった。 (2)に関連して,(1)放棄された小教区教会の再建・再興,(2)喜捨の対象となる人名を記した「登録簿matricula」による貧民救済,(3)小教区教会のlnkorporationの際、シトー会士が教区民の前に現れ儀礼を演出,の3点が明らかになった。これにより,一般的な理解では見過ごされてきた,小教区教会を介したシトー会修道院と社会の相互関係を説明することに成功した。この題材はこれまでの研究で扱われなかったものであるため,今後さらに他の修道院の事例を調査することで,新規性のある研究につながるであろう。また,小教区教会と修道院の関係はローマ教皇庁によって頻繁に問題視され,教会法によって多くの規律が定められた分野である。そのため,この題材は申請書に書いたテーマ2【教会法における修道制】の範疇でも成果が多いに期待できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
とりわけテーマ1【修道院とロタリンギア社会の相互関係】について,ロタリンギアのシトー会修道院が地域社会ととり結んだ法的,経済的,社会的,そして宗教的関係を,未刊行史料を含む同時代史料の調査によって極めて綿密に実証することができた。また,テーマ2【教会法における修道制】に関連して,小教区教会を結節点とする修道院と外部社会との相互関係の実態が判明し,またローマ教皇庁との軋轢について,今後の議論のために大きな足掛かりを得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
これまで順調に研究が進展していることから,基本的に研究計画の変更は必要ないと考えている。今後は,今まで限られた修道院についてのみ史料を分析してきたため,それを地域内の他の修道院にも広げることが肝要であると考える。多数の修道院と関係する社会グループを理解する過程で,ロタリンギアの地域的特性がより一層明確になると考えられる。また,ローマ教皇庁で制定され,注釈が付けられた教会法に関して,より多くの史料・文献を読み込んで全体像をとらえた上で,修道制に関係する規定をとらえ直す必要があろう。
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