本研究は、齧歯類を主な対象とし、彼らの環境認識・物体認識の様々な側面を実験的に検討することで、それらに及ぼす生態学的な影響を明らかにしようとするものである。(1)シリアンハムスターを対象としたナビゲーション実験では、単純な空間学習課題において彼らが標識と位置の情報をどのように利用するのか検討した。結果、彼らは両情報とも利用可能な場合にはいずれかを用いるが、位置情報のみ有効な場面では適切に方略の切り替えができることが明らかになった。これは、ナビゲーションにおいてハムスターが個体レベルで複数の手がかりを同時に学習し、環境文脈によってそれらを柔軟に利用できることを示している。追加分析により、標識のみ有効な場面ではそのような柔軟な切り替えがみられなかったことから、情報によっては環境の物理的構造依存でしか機能しないことも示された。(2)視覚的断崖の要素を持つオープンフィールド(OF)におけるシリアンハムスターおよびデグーの行動を分析し、視覚的奥行情報に対する彼らの選好およびその種差を検討した。両種ともに(本来避けるはずの)透明床に長く滞在し、視覚的断崖がOF行動に影響するという結果にはならなかった。基本的な行動パターンに種差が認められたが、実験手法の改善が必要かもしれない。(3)デグーの道具使用行動における物理的因果関係の理解の実験を開始した。これまでのところ、1個体のみがエサの有無に基づいて正しい選択をするようになったが、エサと道具の空間関係を操作した段階では学習が難航している。これまでの結果からすると、もしかしたらデグーは道具とエサの空間関係を理解することが難しいのかもしれない。なお、この実験は新規個体を対象として現在も継続中である。
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