本年度は、ヴァルター・ベンヤミンがゲーテの形態学を自然から歴史の領域へと転用するなかで構想したイメージの歴史哲学の特性について、理論的背景と実践の両面から考察した。その研究は具体的には、1.ルートヴィッヒ・クラーゲスのイメージの人間学がベンヤミンに及ぼした影響の考察、2.ベンヤミンの観相学的なイメージ分析の方法の解明、という二つの観点からおこなった。 前者については、ベンヤミンの歴史哲学における「イメージ」の概念が、人間のアルカイックなイメージ能力の探求に向かう同時代の人間学や心理学のコンテクストとの、どのような連続性と差異において形成されたのかを解明するために、とくにベンヤミンのクラーゲス読解に焦点をあてて研究をすすめた。具体的には、先史の人間の意識状態を「イメージの現実」の信仰に還元したクラーゲスの人間学を、ベンヤミンがどのように受容したのか、とりわけ太古の死者崇拝の思想からクラーゲスが抽出した「不在の過去の現前化」の理論を、ベンヤミンが独自の歴史哲学にどのように転位したのかを分析した。 これとは逆のアプローチで、ベンヤミンの実際の多様なイメージ経験が彼の『パサージュ論』の形態学的な歴史記述の実践にどのようにつながってゆくのかを跡づけたのが、後者の考察である。ベンヤミンは『パサージュ論』を中断していた数年間、さまざまなイメージ世界との接触を通して、観相学的なイメージ分析の方法を模索していた。文化史の襞に潜むさまざまなイメージを重層化し解読するこの方法は、ラーファーター以来の観相学の枠組みをこえて、なかば独自の歴史哲学へと変貌している。この変貌の過程を解明した論文『イメージ世界の観相学-1931年頃のベンヤミンのイメージ思考について』では、ベンヤミンの個々のイメージ思考が、『パサージュ論』の歴史哲学の理論を実践し、かつ補強するものであったことが明らかになった。
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