研究課題/領域番号 |
10J07647
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
門内 晶彦 東京大学, 大学院・理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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キーワード | 原子核理論 / クォークグルーオンプラズマ / 相対論的流体力学 / 重イオン衝突反応 / ハドロン / 素粒子物性 / 非平衡統計物理 / 粘性流体 |
研究概要 |
相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)や大型ハドロン衝突型加速器(LHC)によって生成されるクォークグルーオンプラズマ(QGP)とよばれる高温物質は、強結合性を示し、粘性の極めて小さな相対論的な流体として記述される事が知られている。本研究においては、粘性散逸による非平衡過程を考慮した流体モデルを構築し、現象の定量的な記述および粘性係数等のパラメータに対する実験的制限を目指す。その中でブースト不変性を課さずに衝突軸方向の時空発展を記述する粘性流体数値モデルを構築し、カラーグラス凝縮と呼ばれる衝突直前の原子核を記述する描像に対する流体発展の影響について、粘性係数依存性を調べた。その結果、粘性係数が大きい場合でもLHCの実験結果を定性的に説明できる可能性を示した。また、これまで多くの場合バリオン数が無い極限が考えられていたが、中心から離れた領域では衝突原子核中の価クォークに由来する正味バリオンが存在しており、QGP物性の定量的な記述に重要となると考えられる。正味バリオン分布は、QGP生成時に使われる原子核の運動エネルギーなど衝突時の貴重な情報を持っていると期待される。そこで有限バリオン密度を持った散逸流体モデルを構築し、ずれ粘性、体積粘性に加えてバリオン散逸を導入した上で、高エネルギー重イオン衝突反応における正味バリオン分布を見積もった。その結果、流体効果によって正味バリオンがラピディティの大きな場所へ運ばれる事で、衝突の透明度が実効的に大きく見える事を示した。これは衝突時にQGPが生成される際、実験から示唆されてきたよりも多くのエネルギーが使われている事を意味する。さらに正味バリオン分布はバリオン散逸に依存する事を発見し、実験的に有限密度系の輸送係数を決定する可能性を開いた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の計画では、有限バリオン密度系における(3+1)次元粘性流体に必要な枠組みの確立を目指してきたが、散逸の効果を含んだ有限バリオン密度流体モデルの構築に成功し、この中で上記に必要な多くの時間微分を処理するアルゴリズムを開発しており、研究目標は十分に達成されたと言える。更に、ここから当初予定していなかったカラーグラス凝縮や正味バリオンにおけるラピディティ損失に関する新たな知見を得る事ができた。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策としては、本研究で得られた相対論的散逸流体モデルにおける知見をさらに発展させるとともに、実験的に生成されたクォークグルーオンプラズマ物性の定量的な解明を目指す。この中で特に高温物質の時空発展の解析と、状態方程式や輸送係数、緩和時間といった量子色力学(QCD)由来のミクロなパラメータの決定に主眼を置く。またRHIC実験やLHC実験の進展に伴って最新の実験結果が得られている状況をふまえると、新規の現象に対して説明を与える理論的な枠組みを定式化する際の拠り所としても、媒質の時空発展を記述する相対論的散逸流体モデルを有効活用できると考えられる。
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