自然界では、自己集合によって形成されたタンパク質の疎水ポケットを利用して、水中で高効率かつ高選択的な有機反応(酵素反応)を行っている。一方、人工系では数多くのホスト化合物が合成されているものの、その内部ポケットを利用し、新奇反応を創出した例は少ない。今回用いる自己集合性かご型錯体は、内部に有機分子を複数包接できるだけの巨大な疎水ポケットをもち、通常の条件では進行しないような新奇反応をこれまでにも数多く生み出してきている。そこで本研究では、かご型錯体の疎水ポケットを用いた新奇反応の創出を目指す。これまでの研究で自己集合かご型錯体内では、2核ルテニウムカルボニル錯体の配座が固定され、光解裂を抑制できることを明らかにしていた。その知見を活かし、かご型錯体の疎水ポケットによって保護された2核ルテニウムカルボニル錯体の光アルキン付加反応を行った。通常、2核ルテニウムカルボニル錯体は光によって速やかに解裂反応を起こすため、一般的なアルキンとは付加反応を示さない。しかし、かご型錯体1内では光解裂反応が抑制されているため、カルボニル配位子の脱離を伴うアルキンの付加反応が選択的に進行した。すなわち、かご型錯体の疎水ポケットを用いることで通常では進行しない2核ルテニウムカルボニル錯体の光アルキン付加反応を達成した。さらに、得られたアルキン付加体はかご型錯体1の疎水ポケットによって安定化された反応中間体であり、有機溶媒を用いて抽出したところ速やかに構造変換を起こし最終生成物を与えることを明らかにした。この成果を学術論文としてまとめた(Angew. Chem. Int. Ed.誌に掲載)。上記のように、自己集合性かご型錯体1の疎水ポケットは2核金属錯体の反応性を制御するのに非常に適した空間であることが分かる。そこで次に、2核鉄錯体の反応性制御を行った。鉄錯体は同族のルテニウム、オスミウム錯体に比ベイオン半径が小さいため、配位子場分裂が小さく、熱的に不安定な錯体が多い。また、酸素等の酸化剤によって容易に酸化を受けるため、取り扱いが困難な化合物が多い。2核鉄カルボニル錯体をかご型錯体の疎水ポケットに包接させたところ、ルテニウム錯体と同様に配座が固定され、光解裂が抑制された。さらに、電気化学測定を行ったところ、疎水ポケット内では2核鉄カルボニル錯体の酸化電位が変化することが分かった。これは、12価の高いカチオン性をもつ自己集合性かご型錯体との静電反発を避けるため、2核鉄錯体の酸化電位が変化したと考えられる。すなわち、自己集合性かご型錯体の電荷を利用することで、包接した鉄2核錯体の電気化学的性質を制御できることを明らかにした。この成果の論文を現在投稿中である。
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