研究概要 |
今年度は1.推論機構のコア技術である仮説推論エンジンの開発,2.推論機構の言語処理への適用を通じた評価,の2種類に取り組んだ。それぞれの取り組みの成果について具体的な内容を述べる: 1.仮説推論エンジンの開発 仮説推論(Abduction)を高速に実行するための推論エンジンを開発した。仮説推論とは,与えられた観測に対して尤もらしい説明を求める論理推論の一種であり,昨年度考案した推論機構のベースとなる基礎技術である。仮説推論はNP-hard問題であるため,推論には効率的なエンジンを必要とするが,これまで提案されてきた枠組みは大規模な知識に適用できるだけの性能がなかった。そこで我々は仮説推論の問題を整数線形計画問題に変換し,Operations Researchの研究分野で開発された最新のソルバーを利用し,仮説推論を高速に実行する方法を開発した。開発した推論エンジンは公開中であり,今後も機能拡張を続けて随時更新を行なっていく予定である。 2.言語処理への適用を通じた評価 昨年度考案した推論機構を,自然言語処理の一タスクである含意関係認識に適用し,評価した。推論には,代表的な語彙資源であるWordNet,FrameNetから約37万の推論規則を抽出して用いた。評価の結果,最新の含意関係認識手法の性能に到達するにはまだ工夫が必要であり,様々な問題に対処する必要があることがわかった。対応優先度の高い問題としては,単一化の問題がある。これは,仮説推論において最小の説明を求めようとする際に,できるだけリテラルを単一化しようとすることにより,多くの談話要素が誤って共参照関係だと認識されてしまう問題である(単一化は,言語処理では共参照関係の認定にあたるため)。この評価から得られた知見は,これまでに言語処理において大規模語彙知識を用いた仮説推論を行った事例がなかったため,今後の方向性を決めるために大変有用であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度のうちに考案した推論機構を,自然言語処理の一タスクである含意関係認識に適用し,評価することができたから。含意関係認識は,自然言語処理のなかでも様々な語彙知識を必要とするタスクであり,推論機構を評価するのに適したタスクである。「おおむね」としているのは,含意関係認識の性能としては悪くはないものの,最新の技術と対等に闘うためには,もう少し推論機構の拡張が必要だからである。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,(i)さまざまな自然言語処理タスクへの適用を通して推論機構を拡張する,(ii)推論機構の性能評価を行う,の2点に焦点を置く予定である。拡張の方向性としては2つを考えている。ひとつは,推論の良さを評価する関数の要素として,推論に含まれる共参照関係の予測の尤度を考慮できるようにすることである。例えば,「彼」が「太郎」を指示しているという予測の良さを,既存の共参照解析の技術を使って推定し,評価関数に反映できるようにする。ふたつめに,評価関数を訓練事例から自動的に学習可能にすることである。具体的には,評価関数をパラメタベクトルと仮説の特徴ベクトルの内積として表現し,既存の線形学習の枠組みを適用することを考えている。推論機構の評価に関しては,これまでと同様外生的な評価のほか,内生的評価,すなわち推論機構により生成された推論を人手によりチェックし,評価を行うことを考えている。
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