研究概要 |
生物界に見られる各階層に共通する特性として,一つ下の階層にある要素が集合し,それらが集合の中で分業することで全体としての統合性を実現しているということが挙げられる.進化生物学においては,これらの統合性は「社会性」ないし「協力」と呼ばれ,いかにして協力が進化してきたかは当該分野におけるもっとも根源的な問いのひとつである.協力の進化にあたって問題となるのは,一つ下の階層に属する要素間に存在する拮抗的関係(コンフリクト)がいかにして解決されるのか,ということである.この問題に取り組むために,代表的な社会性昆虫であるアミメアリを材料とした.アミメアリは,コロニー内の全個体が単為生殖によって繁殖しかつ労働を行うという特異な生活史を持っているが,一部のコロニーに産卵に専従し労働を行わないという「裏切り」表現型を持った個体が混在していることが知られてきた.今回新たに行った集団遺伝学的解析によって,この「裏切り系統」は1回の突然変異によって生じ,調査集団内で実に200~9200年にわたって存続しているという推定結果が得られた。これは他生物における裏切り系統の持つ一般的性質から予測されるよりも長い存続年数である.複数の手法による解析は一致して,(i)裏切り系統は他コロニーへの侵入を行いつつも(ii)侵入の空間スケールは限られた範囲である,ということを示唆していた,これらの特性が「裏切り系統」の長期存続に及ぼす影響を他生物との比較の観点から考察した.さらに,別の集団で得られた複数コロニー由来の「裏切り」個体および通常個体の系統関係を調べたところ,香川集団でも裏切り個体と通常個体とは遺伝的に分化しており,されに両集団の裏切り系統が遺伝的に異なっていることが明らかになった.これは,裏切り系統が別の場所で独立に起源したという仮説を強く支持するものである.
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