研究概要 |
潜在的な裏切り戦略の存在下で社会的共同現象がいかに進化してきたかについては,近年の進化生物学において主要な問題のひとつとなっている(Maynard Smith & Szathmary 1995).採用2年度目は,この問題により広い視点から取り組むべく,数理モデリングも含めた以下の研究を行った. アミメアリ裏切り系統の適応度効果:複数レベル選択をもたらす要因の検証:アミメアリは,コロニー内の全個体が単為生殖によって繁殖しかつ労働を行うという特異な生活史を持っているが,一部のコロニーに産卵に専従し労働を行わないという「裏切り」表現型を持った個体が混在していることが知られてきた(Tsuji 1995,Dobata et al.2009).また三重県紀北町の調査集団においては,「裏切り」個体は通常個体と遺伝的に独立した単一の系統を構成していることを報告者は前年度に明らかにした(Dobata et al 2011).また「裏切り」系統は働かないためコロニー全体の適応度(次世代生産総数)に負の影響を与えうることがわかっている(Tsuji 1995,Sasaki & Tsuji 2003).ただ,この結果は野外データからの簡便な推定に基づくものであり,野外データからのより精密な推定や,統制された環境下での検証も不可欠である.野外データからの推定にはベイズ推定の手法を用い,個体数および個体群パラメータのより信頼できる推定を行った.室内飼育実験については,以前の実験データに不備があったため,新たに野外で採集したコロニーから裏切り系統の頻度を割り振って構成したサブコロニーを室内で2カ月間飼育し,以前より精密なデータを取得した.まず期間中に行動観察を行い,巣外にいた個体を計数することで各系統の労働力を推定した.さらに親世代の生存曲線および系統ごとの個体あたり適応度(次世代数)を測定した.解析の結果,(1)裏切り系統は巣外個体数が通常系統より格段に少ないこと,(2)両系統とも裏切り系統頻度が高くなるほど巣外個体数が増えていくこと,(3)親世代生存率・増殖率ともに裏切り系統のほうが通常系統よりも高いこと,(4)両系統とも裏切り系統頻度が高くなるほど死亡率・増殖率が高くなること,を確認した.これらの結果は,野外での推定結果と同じく,裏切り系統は自身の個体レベル適応度を増すが自身の所属コロニーの増殖率を低減してしまうという,典型的な複数レベル選択の状況を示している[Dobata et al.準備中]. このほか,アミメアリ社会に見られる協力と裏切りに関連し,量的遺伝モデルを用いて社会性昆虫におけるコンフリクトの数理解析を行った.研究成果の一部は英国王立協会紀要Proceedings Bに掲載された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請課題であるアミメアリの研究に関しては,以前のデータに不備を発見したものの,新たにより精密なデータを取得することができ,現在論文執筆を行える段階にある.さらに,アミメアリのみならず社会性昆虫一般に適用可能な数理解析の手法を新たに導入することができ,年度内に1本論文がアクセプトされ,引き続き論文を生産できる状態にすることができた.
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今後の研究の推進方策 |
申請課題の大きな柱の一つに「分子レベルでの裏切り戦略の理解」がある.これを達成すべく,現在裏切り・協力各系統での網羅的発現解析を計画し,実験を進めている.アミメアリの野外集団の数理モデリングについては,進化的側面を取り入れたモデリングを完成させることが最終年度の課題である.前年度までと同じ集団遺伝学的解析や飼育実験と並行して,上記の新たな課題に取り組みたい.その他,前年度に取り入れた数理解析のアプローチも,論文を執筆中であり,アミメアリでの研究との有機的な結びつきを考慮しつつ,遂行していく予定である.
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