多くのヤドリバエが寄主昆虫の体腔に寄生し、寄主体外から酸素を得るためにファネルと呼ばれる漏斗状の呼吸器を形成する。一方、消化管に寄生をするノコギリハリバエはファネルを作らず、寄主の気管を消化管側へ取り込みシュノーケルのように呼吸を行う。ノコギリハリバエだけがファネルを形成しない理由を明らかにするために、前年度までに行ったin vitro実験系をさらに改良して、ファネルが形成されるしくみを調査した。昆虫細胞培地Sf-900 II SFM、アワヨトウ蛹体液(寄主体液)、卵黄、抗生物質、寒天を混合して作製した人工培地にヤドリバエ卵を接種した。体腔に寄生するブランコヤドリバエは、培地でよく発育し、この卵からふ化した幼虫が生体内で形成するのと同様の茶褐色の漏斗状ファネルを培地内で形成した。寄主由来の酵素や血球細胞を除去した寄主体液を加えた培地でもファネルの形成はみられたが、寄主体液を加えない培地ではファネルは全く形成されなかった。従って、血球による包囲化等の寄主の免疫作用によってファネルが形成される可能性は低く、ハエ幼虫自身が寄主体液に作用してファネルを形成すると考えられた。一方、ノコギリハリバエでは、ふ化幼虫は培地内で1齢のまま脱皮しなかったが、寄主体内で1日~数日発育させたハエ幼虫を人工培地に接種すると、発育・脱皮(一部は囲蛹化・羽化)した。寄主体液の有無に関わらず、培地で本種幼虫がファネルを形成することは一度もなかった。気管を模した細い紐状のモデルを提示すると、ハエ幼虫は口器でひき寄せる行動を示した。本種は、後方気門の周囲に鍵状のフックを持ち、呼吸の際に気管の取り込み口にからだを固定させる。ノコギリハリバエは消化管という特殊な環境に適応する過程で、シュノーケル呼吸という特殊な呼吸方法やフックという独自の形質を獲得する一方で、ファネルという他のヤドリバエが共通してもつ形質を退化させたのかもしれない。
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