研究概要 |
Pt,Ni,Mn,Cu,Ti,等の遷移金属原子のd軌道電子と、それに配位するハロゲン、酸素、炭素等の原子p軌道電子が交互に連結して、巨視的なd-pネット・ワークを形成している結晶中で起きる特異な電子集団の物性を、量子統計力学的理論に基づいて厳密に記述する為、非負・非マルコフ・非グラスマン型経路積分法を、世界に先駆けて新たに確立すべく、数学的手法の開発を含めて、様々な模索的研究を行った。そして、金属錯体結晶、及び、その他のd-p結合型物質の光学的応答函数、電気的・磁気的応答函数、運動量指定光電子スペクトル函数、X線・中性子線非弾散乱スペクトル函数、等々の計算を、比較的扱い易いものから順に、系統的に計算してきた。具体的には、1次元、2次元、3次元的結晶構造を持つd-p電子系を対象にして、この巨視的多電子系での電子・格子相互作用、電子間長距離・短距離クーロン斥力、d及びp軌道の軌道縮退を、モデル・ハミルトニアンの枠内で取り入れ、厳密に計算出来る非負・非マルコフ・非グラスマン経路積分法を確立し、種々の応答函数の数値計算を実行した。特に、過剰ハロゲン、アルカリ金属、等々、電子のアクセプターやドナーを化学に注入し、d-pネット・ワーク上の平均電子数が中性条件から外れる場合を想定し、この系で予想される金属的状態、超伝導状態、等の相転移が、種々の応答函数に如何に現れるかを数値計算で厳密に明らかにする為、それに必要な数学的手法の開発を行なった。本研究で目的としている非負・非マルコフ・非グラスマン経路積分法は、数学的方法論を確立し、広い応用を可能にすべく研究を行っている途上のものであるが、完成すれば、次のような特色を有するものとなる。(a)従来の経路積分では、中性条件から外れると、ボルツマン演算子の非負性の条件もなくなり、正負に激しく振動する波動函数を直接扱わざるを得ないと云う大きな数値計算上の障害があった。これに対し、我々は、マルコフ近似に依拠した従来のメトロポリス法を捨て、非マルコフ的経路サンプリング法を導入する。これにより、ボルツマン演算子の非負性が再び厳密に保証され、数値計算上の最大の障害が除かれる。(b)従って、過剰ハロゲン、アルカリ金属、等々、電子のアクセプターやドナーを化学的に注入し、d-pネット・ワーク上の平均電子数が中性条件から外れた状態(、つまり、金属的状態や超伝導状態、)であっても正確に扱える。(c)従来のメトロポリス法は、電子と正孔間の対称性を必要としたが、この方法では、非対象な場合も扱える。これらの問題を主眼にした本年度の研究で、以下の様な成果が得られた。巨視的な二次元d-pネット・ワークを形成している結晶を対象にして、運動量を指定した光電子分光スペクトルの計算を行い、その中に混在している一体的コヒーレント成分を、バック・フローやマグノン励起による多体的イン・コヒーレント成分から、理論的に分離する事に成功した。これにより、中性条件の近傍では、光電子スペクトルには、殆ど一体的コヒーレント成分は含まれておらず、大部分は、バック・フローやマグノン励起による多体的イン・コヒーレント成分であろうと云う驚くべき事実が判明した。つまり、強相関電子系には、一体的軌道も、一体的エネルギー帯も全く存在せず、我々が標準的に抱いている準粒子描像は、全く無効である事が厳密に立証された。
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