聴覚情報処理のうち音の高さや強さなどの検出などは皮質下のレベルでなされ、聴覚野はより複雑な処理にかかわると予想される。聴覚野脳切片で著明な長期増強が記録されるが、その機能は明らかでない。我々は音の時間的前後関係の検出を聴覚野が行うのではないかと考えた。そこでラット聴覚野切片の白質二箇所を0.5から10秒の時間差をつけて高頻度刺激したところ、先に刺激された方に電場電位の長期増強が選択的に誘発されるという現象を見出した。さらにカルシウム画像でも同様な結果が得られた。しかしこれらの解析では、単一細胞レベルでシナプス入力が如何に統合されているかが不明である。従って本年度はさらに錐体細胞よりパッチクランプ記録を行い、時間差を持った刺激の干渉作用が単一細胞レベルで確認できるか否かを検討した。単一細胞レベルではデータのバラツキが大きく、一個の細胞におけるEPSP記録だけでは結論が出ないが、記録した細胞の結果の分布を見ると全体として電場電位の記録で得た結果と一致した。この結果は錐体細胞が時間依存性の長期増強を起こす場であるということを示している。興味深いことには、一旦長期増強が成立した後にそれぞれの刺激部位に連発刺激を加えると、長期増強を起こした刺激にのみ数百ミリ秒に及ぶ持続的な脱分極とこれに重なる発火活動が見られた。これは長期増強によって複数の錐体細胞からなる神経回路網のネットワークのダイナミックな性質が脳切片標本で実際に変化したことを示しているものと思われる。さらに薬理学的な実験で時間依存性の成立にムスカリニックM1受容体やM電流が深く関わるということ判っている。今後聴覚弁別能の行動学的な解析やこれら情報伝達系の役割を単一細胞レベルで明らかにすることにより、長期増強の時間依存性の生理学的な機能と分子機構の解析を行いたい。
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