思考・判断の基礎過程の神経機構を調べる目的で、課題の遂行に情報の変換や生成が不可欠な課題を用い、課題の時間文脈に依存した情報表現の変化を解析した。2頭のサルに、3秒の遅延後、目標となる視覚刺激の提示位置へ眼球運動をする課題(ODR課題)と、視覚刺激の提示位置から90度時計回りの位置へ眼球運動をする課題(c-ODR課題)を行わせた。前頭連合野背外側部より記録した328個のニューロンのうち、課題関連活動を示した119個のニューロンについて特徴を詳細に検討した。その結果、以下のことが明らかになった。(1)視覚刺激提示期に有意な位置選択性を示した35個のニューロンの全てが、視覚刺激の提示位置の情報を反映していた。(2)遅延期に有意な方向選択性を示した43個のニューロンのうち86%が視覚刺激の提示位置の情報を反映し、12%は反応期に行われる眼球運動の方向を反映していた。(3)反応期に有意な方向選択性を示した45個のニューロンのうち、67%は眼球運動の発現や制御に関わっていたが、27%では選択性が視覚刺激の提示位置と一致していた。追加分析の結果、後者の活動は遅延期間活動の制御信号として機能していると思われる。(4)遅延期に有意な方向選択性を示したニューロンの分析結果は、遅延期間活動の多くが作業記憶の回顧的(retrospective)な側面に関与していることを示しており、先行研究の結果とよく一致している。一方、運動に関する予期的(prospective)な側面をもつ遅延期間活動のいずれもが、視覚刺激提示直後に活動を開始し、遅延期間中活動が持続することから、視覚情報から運動情報への変換が視覚刺激提示後の早い時期に行われている可能性が示唆された。今後、ニューロン活動の相関分析により、時間文脈に依存した情報生成のしくみを明らかにし、思考・推論に関わる内的情報処理機構の解明に迫りたいと考える。
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