研究概要 |
聖典解釈学派を代表するクマーリラの主著『原理の評釈』第2巻第3章について,テキスト・データベースを作成し,現行の刊本では用いられていないIndia Office写本の異読個所を追加入力した。本章第1論題に対する註の中でクマーリラは,大規模祭式の代表であるソーア祭の中の三つの場面におけるアプールヴァ(祭式の独自類型)の数を問う伝統的な問題設定をした後にこれを退け,代わりに人間の側の「目的現実化の働き」(バーヴァナー,bhavana)の数を問う第二の問題設定を行い,こちらの検討を詳しく行っている。クマーリラは人間個人の側にある目的実現を目指す行為を弁別することを重視したのである。しかし他方では,クマーリラは同じ第2巻第3章のなかで「教令の規定作用が遷移(samkranti)する」ということを説いており,ここに,個人に先立って聖血の全体が存在するという学派の伝統的思想を窺うことができる。アグニホートラ祭を扱う章全体の中核となる規定文,即ち「昇天を望む者はアグニホートラ祭をもって献供するべし」という教令において,動詞語尾が「何かをせよ」という命令がヴェーダから発していることを告げ,語根と語尾の結合により,この命令が語根の表す献供行為に向けられた規定となっていることが理解される。教令という中核的な規定文において,規定の働きが動詞語尾から動詞語根へと移ることが第一段階の遷移である。この後に,ヴェーダからの規定の働きは隣接する諸々の規定文の中で,献供行為を表す動詞以外の諸々の語へと移行する。これが第二段階の遷移である。第二段階の遷移が完了すると,教令を中核とした諸々の規定文が序列化され,文相互の階層的連関によるヴェーダの自律的な啓示が完成する。このように,クマーリラの聖典解釈論においては,聖典解釈ための立脚点が個人と聖典とに二極化していることが判明した。
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