研究概要 |
本調整班は調整班全員の研究の統括をはかる一方,4人の分担者がそれぞれの研究課題を押し進めた.すなわち,中務はギリシア・ラテンの古典の伝承の特殊性,古典作品はどれくらい残ったか,古典の伝承にはどのような危機があったかを具体的に調査した.西村はローマ法学の古典的性格を考察した.6世紀前半,東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス帝によるそれまでの勅法および学説の集成はユ帝立法(あるいは「ローマ法大全」)としてその後のヨーロッパ世界に極めて強い影響を及ぼし,それが今日の日本にまで及んでいる.それは,中世における東ビザンツ帝国,西の神聖ローマ帝国がいずれもローマ帝国の正当の承継者であることを主張し,その結果,法律についてもユ帝立法を現行法として承認せざるをえなかったことにあろう.しかし1000年を超えてローマ法が古典的性格を保ち得たのには内在的な理由もあったはずで,その点も考察した.大月は,10〜11世紀のビザンツ帝国で作成された文書,とりわけ、歴史記述や、国家生活に関わる古典的公文書(勅法・財政文書)について,作品の成立・内容についての総覧を行い,作者・著者像,制作年,制作動機,写本状況についての要録を作成中である.ビザンツ帝国で作成・創造された広義の文学作品は,ギリシア・ローマ文明の継承の上にキリスト教的世界観に規定されて独自の思想世界を出現させた.この社会はギリシア語を公用語としながら,多民族・多文化を包含する「世界帝国」だった.したがってその文学活動もまた民族主義的,国民主義的な活動ではありえなかった.ビザンツ古典にはより普遍的な価値・目的が含意されていた.その中核には諸民族,諸文化を統合する「神の摂理」Oikonomiaの観念があったことが確認された.
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