今年度の研究においては、規範としての「中国語」がいかに形成され、それが歴代の制度の中でどのように具体的なすがたとして現れてきたかを解明することに重点をおいている。 (1)書記言語が口頭言語をどのように規制してきたか、相関性に関する調査・分析。六朝〜唐代の文献について調査をおこない、8世紀前後における口語発音規範の変化が唐代の社会的変動と関係すること、変化に対抗して伝統的発音規範を維持するための装置がいわゆる吏部銓試であったことの可能性を指摘した。 (2)性別による言語使用の規制が、歴史的にいかなる経過をたどったかを調査研究し、後漢から1920年代までの女性の言語使用をめぐる規範意識の変遷を明らかにした。公の場での会話・そのために用いられる「官話」から女性を排除するたてまえの存在と同時に、各地の名家へ嫁ぐ可能性を持つ高級官僚の娘たちがかなりの幅広い言語的教養をそなえるという現実もあったことを示した。 (3)科挙試験制度の中で絶対的規範であった古典文が、20世紀にその地位を失って口語文が主流となる過程を探求するため、厳復・呉汝綸ら清末開明派官僚の著作を対象として調査した。伝統的教育をそなえた知識人が、日清戦争以後に伝統的教養の解体を認めていく過程を明らかにすることができた。 (4)本年1月には科挙に関する重要な新著を公刊されたベンジャミン・エルマン教授(UCLA)を招聘して、京都・東京でセミナーを開催し、中国語学・文学・歴史・思想の多くの研究者との討論をおこない、科挙制度史の研究にあたって言語史・文学史から寄与しうる点が多いことにつき示した。また3月には来日中の徐丹(フランス国立東洋語学校)を招いて、言語規範の諸相に関する研究会を開催している。
|