本研究は、科挙制度と言語史・文学史の相関をめぐる総合的研究を志している。本年度は、14世紀の元代を中心に、その前後の時代までを視野においた調査研究をすすめ、「制度化された言語」を通じた王朝支配がいかに行われるか、またそのようにして成立した言語・文体が「中国」という地域を超えてどのように広がるか、を明らかにするよう努力を払った。 (1)元代における韻書使用状況の研究。『礼部韻略』『古今韻会挙要』のもつ規範性の調査。研究協力者の援助を得て、元の范〓の全作品について押韻状況を調査し、「范徳機詩韻譜」を作成した。この内容は、整理の上で公開する予定である。また、散曲を作るための韻書『中原音韻』の流布状況に関しても調査した結果、明代初期に至るまで、『中原音韻』は現在の江西省のみで流布していた、との推定をするに至った。 (2)明代散文文体の東アジアに与えた影響。荻生徂徠『徂徠集』に見られる「古文辞」文体を、作品の翻訳を行いつつ検討した。特に、明代流行の文体「古文辞」が、どのようにして日本まで拡散したか、拡散の背景となる思潮はなにか、といった諸点をうらづけるための基礎資料収集・調査を実施している。 (3)その他。科挙制度と言語史・文学史の関係は、6〜20世紀までの1300年間にわたるため、特定の時代に集中した研究をおこなうかたわら、「平仄」の形成、試験答案の文体の変遷など、関連する課題についても研究をおこなった。
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