本研究は、多様な音声言語の社会を、制度化された規範的書きことばが支配してきた中国.文化圏を対象として扱い、「古典」の言語が文化的制度としていかに利用され、社会を動かしてきたかを明らかにすることを目的としたものである。研究代表者平田は、主と.して国家制度と言語の関係を調査し、明清代の科挙制度が、音韻規範・文体規範に対していかなる影響を与えてきたかを中心に研究を進め、本年度は、特に古文(論)と八股文の関係、中国の伝統的文法研究と科挙の関係について、南宋の呂祖謙『東莱博議』・清の唐彪『読書作文譜』などから明らかにすることができた。成果の一部は、2003年3月に米国コロンビア大学で開催された古典中国語教育・研究会議で発表し、近く公刊の予定である。また、中国語方言と言語文化史の相関性について、劉丹青教授(中国社会科学院言語研究所)を2ヶ月にわたり招聘して大学院生をまじえた共同研究を実施したほか、林英津研究員(台湾中央研究院言語学研究所)の参加を得た西夏語と漢文化をめぐる研究会を組織している。 本研究が、いまひとつの研究課題としてとりあげたのは、中国で形成された書記言語規範が周辺地域へどのような影響を与えたか、という点である。この点を明らかにするため、日本の江戸時代における明代「古文辞」の影響関係を具体的に取り上げ、平田と研究分担者田口の協力のもと、荻生徂徠の利用した中国古典文献の調査・文体の検討をすすめ、『徂徠集』全体の訳稿を逐次作成しつつある。平成15年に、同書巻二十から巻三十までに及ぶ「尺牘」部分の初稿を完成させる予定である。あわせて、伊藤東涯ら京都の古義堂学派と徂徠学派「古文辞」の漢作文をめぐる態度の差異に関して検討を加えた。
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