本年度は、この研究課題の遂行のために最も基礎となる作業を行った。 (i)まず、古典期において、それまでの魂(ψυχη')に対する見方を集約し、その後の魂や心の理解に対して最も影響を与えたアリストテレスの著作De Animaについて、テキストの校訂、翻訳、注釈の作業を進めた。この作業を通じて、アリストテレス自身の魂の捉え方を解明するとともに、新プラトン主義者をはじめとした古代後期からイスラムさらには中世スコラ期のさまざまな注釈に見られる独特の視点を、個々のパッセージにの具体的解釈の分析を通じて、明らかにしつつある。このうち校訂及び翻訳については、ほぼ作業を終え、翻訳は、2000年度中に刊行される予定である。 (ii)また、古代ギリシアのテキストと思想の受容を考えるとき、そもそもわれわれが古代哲学者のテキストや「断片」として受け取っているものがいかにして成立しているのか、という問題をつねに念頭においておくことが必要である。この点について本年度は、とくにソクラテス以前の哲学者たちについての根本資料とされるH.Dielsの研究が、やはりある時代的制約を免れていないことを、Mansfeldらの研究成果をもとにして明らかにした。さらに、そもそも古代における「哲学史的記述」をはじめて試みたアリストテレス自身はどのような視点をもってそうしたのかということを解明し、人間の思考活動が成立するうえでの言語の規範的役割の重要性に対する彼の評価が、その基盤となっていることを明らかにした。
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