本研究はギリシア神話の特質を口承伝統や民族的基盤を離れて創造的活力を保持した点に認める視点から、ギリシアからローマ、さらに後世の西欧文化へと、異文化間の伝承の大きな継ぎ目をなしたラテン文学に着目しつつ、神話の伝承形態や様式そのものを自覚的に表現する叙述技法に焦点を当てて考察した。主要な研究成果としては、古典テキストの再検討という基礎的作業の一部として、(原典訳および解説)キケロ『義務について』とウェルギリウス『アエネーイス』を仕上げた(前者は裏面、図書の項参照、後者は岡道男と共訳、京都大学学術出版会、2001年予定)。また、個別的論考として、歴史家リウィウスの神話範例について、読者に歴史的教訓を訴えようとする歴史家の意図にもとづき、範例が直接的文脈を越えた意義を示すような歴史叙述の装置として機能していることに考究した論文、および、ウェルギリウス『アエネーイス』に描かれる「苦難」がとりわけ作品後半部で、作品の包摂する「神話的過去」と「歴史的未来」との関わりにおいて、どのように提示され、どのような表現を与えられているか考察した論文(裏面参照)の他、オウィディウス『変身物語』に語られるパエトンの物語について、詩人が先行文学での扱いを取り込みつつ、そこに作品全体の性格である「不調和の調和」、あるいは、形式と内容の不整合を提示していること、および、その提示の表現が示す詩人の機知とユーモアを観察した論文「パエトンの暴走とオウィディウス『変身物語』の構想」(投稿中)を成果としてまとめた。
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