研究代表者は、キリシタン文献のなかに引用された聖書の言葉と聖人伝の翻訳について、翻訳原典との比較対照を通じて、言語にあらわれた軋轢や融合の様相を分析すると同時に、江戸時代におけるキリシタン文献の変容について、潜伏キリシタンによって記された文献の分析をおこなった。また、大航海時代に日本とおなじくキリスト教を受容したフィリピンにおける翻訳の問題の分析に着手した。日本とフィリピンにおけるキリスト教文献の翻訳の問題を考察することによって、統一国家の形態をまがりなりにも整えつつあった日本とバランガイという部族集団が分散していたフィリピンではキリスト教文献の翻訳方法に差異が認められる。また、仏教をはじめとする宗教が根づいていた日本とアニート信仰というアニミズムが主流だったフィリピンとでは訳語の選定において異なっている。 研究分担者は、ポルトガル-インド-マカオ-日本と連なるイエズス会の活動とスペイン-メキシコ-フィリッピン-日本と連なるドミニコ会・フランシスコ会等托鉢修道会の活動の比較対照を通して、ヨーロッパ人宣教師や日本人キリシタンが直面した異文化間の軋轢、大航海時代のヨーロッパと日本の歴史的な位置にかんする実証的分析をおこなった。とりわけ、インドの研究者との共同研究を開始することによってこれまであきらかにされていなかったアジアにおけるキリスト教の歴史の裏面に光を当てることによって巡察師ヴァリニャーノのヨーロッパ中心主義の問題があきらかになった。そのなかにはユダヤ人排斥の姿勢も含まれる。これは、現代におけるユダヤ人問題にもつながる大きな課題である。
|