研究課題/領域番号 |
11164264
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
中川 純男 慶應義塾大学, 文学部, 教授 (60116168)
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研究分担者 |
高橋 通男 慶應義塾大学, 言語文化研究所, 教授 (00012500)
西村 太良 慶應義塾大学, 文学部, 教授 (90164590)
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キーワード | ホメーロス / ヘレニズム / ストア派 / 言語理論 |
研究概要 |
ヘレニズム期の哲学は、エピクロス派、ストア派においてとりわけ顕著であるが、独自の言語理論あるいは言語の起源についての考察にもとづきつつ、存在論ないし世界観を構築している。なぜなら、それぞれの立場から主張される言語理論は、独自の認識論と表裏一体をなし、存在論の基礎となっているからである。このことは、古典期のギリシア哲学における言語と認識との関係と比較するとき、きわめて特長的である。なぜなら、古典期のギリシア哲学において、たとえばプラトンは、世界に直接関わる認識を感覚認識と呼んで知性認識と区別し、命題形成(存在把握)は感覚に依存しない能力である知性の認識であると考えているし、アリストテレスも、学的知識に必要な、定義の把握や判断の形成は、やはり知性の働きであると考えているからである。存在論を構成するためには、たんなる感覚認識では不十分であると彼らが考えていることは明らかである。ところが、エピクロス派やストア派は、世界に直接関わる感覚的な認識がすでに命題的構造をとった認識であり、言語理論がただちに存在論に対応すると考えている。なぜなら、世界そのものが言語的な構造を有しており、感覚認識はその世界の構造を写し取るものと考えられているからである。医学・生物学、天文・気象学、地質学などの知識は、世界そのものが一定の規則性・法則性を具えていることを確信させ、自然についての認識は自然の法則性の認識を含んでいると確信させたものと思われる。認識と世界のあり方との対応を説明しようとするとき、感覚認識が世界の規則性を写し取っていると考えることは、いわばもっとも無理のない理論であったと思われる。このようなヘレニズム期の哲学の世界観は、伝統的な古典解釈に新たな視点を導入することになったように思われる。なぜなら、自然の規則性の認識は、自然の経年的変化の自覚を伴い、古典作品は、過去の自然現象や現在とは異なっていた自然界、人間界の記録であると見なされたからである。それゆえ、ヘレニズム期の哲学諸派は古典解釈、とりわけホメーロスとヘシオドスの作品の中に、現在とは異なった何らかの事態の記録を読みとろうとしたのである。
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