原子・分子中の電子対の分布や挙動の情報は、電子対相対運動(intracule)密度I(u)と電子対質量中心運動(extracule)密度E(R)含まれる。さらに、原子系における電子対の運動は、球平均intracule密度h(u)および球平均extracule密度d(R)によって特徴付けられる。これらの電子対密度関数は、原子・分子における電子対の相対運動と全体運動を直接に把握する重要な密度関数であるにもかかわらず、今日まで、それらの理論的構造の検討も化学的応用も十分になされていない。本研究課題の目的とするところは、二つの電子対密度関数の理論的構造を解明し、これらを積極的に量子化学の問題に応用することによって、原子・分子の世界における電子の運動を新しく二体問題の観点から理解することである。本年度得られた成果を以下にまとめる。 第一に、数値的Hartree-Fock法を用いて、Cs(原子番号Z=55)からLr(Z=103)までの49個の重い原子に対して、電子対密度h(u)とd(R)およびモーメント<u^n>と<R^n>を求めた。これにより、以前の結果と合わせて、基底状態におけるHeからLrまでの102個の中性原子の電子密度関数が明らかとなった。h(u)とd(R)の近似的な相似関係は重い原子でも妥当であることが確認された。 第二に、電子対密度関数のMaclaurin展開を議論し、展開係数の理論構造を解明した。さらに、数値的Hartree-Fock法を用いて、展開係数をHe-Xe原子に対して実際に求め、密度分布との対応や原子番号依存性を考察した。 第三に、一定の等高線値によって定義されるintracule密度h(u)とextracule密度d(R)の半径R_<2i>とR_<2e>を、He-Lrの102個の原子について調べた。その結果、これらの電子対半径は球平均一電子密度関数から得られている原子半径R_1と良い線形相関を示すことが明らかになった。つまり、電子対密度関数の分布は"原子の大きさ"を反映しているという新たな知見を得た。
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