本研究の目的は、非経験的分子軌道法や密度汎関数法を用いて金属錯体の電子の柔軟性とそれを制御する金属や配位子の電子的要因を解明することにより触媒反応の開発・制御に貢献することである。今年度は次に示すようなプロジェクトの理論的研究を進めた。すなわち、1)Ru錯体触媒によるオレフィンヘの芳香族ケトンのCH結合付加の触媒サイクルと、2)(arene)Cr(CO)_3の構造と電子状態である。1)では、H_2Ru(CO)(PPh_3)_3錯体触媒による芳香族ケトンのオルト位CH結合のオレフインヘの付加反応の触媒サイクルの反応機構を明らかにするために、B3LYP法とMP2法をもちいた理論計算を行い、その反応機構を明らかにした。すなわち、この触媒サイクルは、通常の酸化的付加とは異なる機構によるオルトCH結合活性化、オレフィン挿入、CC結合生成からなる。律速段階は27kcal/molの活性化エネルギーを要するCC結合生成であり、オルト選択性が発現するCH結合活性化段階ではない。また、C13同位体効果や重水素ラベリング実験の効果の実験事実を説明する結果を得た。2)Cr(CO)_3に配位している、置換ベンゼンのようなアレーンの持つ電子的特徴について、電子密度および静電ポテンシャルのトポグラフィー解析によって検討した。化学結合からみたCrの構造は正八面体型ではなく、プリズム型であること、Cr(CO)_3に配位するとベンゼン環上の静電ポテンシャルの値は正の値に転じ、Cr(CO)_3錯体の電子吸引性が非常に大きく、求核反応を受けやすくなったことが明らかとなった。
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